真鍋 公希『円谷英二の卓越化――特撮の社会学』

真鍋 公希『円谷英二の卓越化――特撮の社会学』

著者:真鍋 公希
中京大学現代社会学部 講師

2021年京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得

出版社:ナカニシヤ出版
発行年月日:2023年3月20日

https://www.nakanishiya.co.jp/book/b622241.html

書籍紹介

戦後日本のポピュラー文化に大きな足跡を残し、「特撮の神様」や「ゴジラやウルトラマンの生みの親」とも呼ばれている円谷英二。特撮にさほど興味がないという人でも、おそらく、彼の名前は一度くらい聞いたことがあるでしょう。その彼こそが本書の主役です。

1901年に福島県須賀川市に生まれた円谷は、1919年に天活(天然色活動写真株式会社)という映画会社に就職して映画業界に足を踏み入れます。当初、円谷は主にキャメラマンを務めていたのですが、キャメラマンとしての円谷は少し「変わり者」で、なかなか思うようには評価されていませんでした。転機となったのは戦時下でプロパガンダ映画の特撮を担当したことで、これによって円谷は映画業界の内外から脚光を浴びるようになります。そして、戦後には『ゴジラ』をはじめ多くの空想科学映画に携わり、1963年に円谷特技プロダクション(現在の円谷プロダクション)を設立してテレビにも進出していきました。こうした戦後の足取りについてはご存じの方も多いと思います。

さて、円谷については学術的な領域のみならず、その外部でも多くの知見が積み重ねられてきました。しかし実は、それでもまだ、円谷をめぐっては未解決の謎がいくつも残されています。

たとえば、円谷は写実性を追求していたと理解されることが多いのですが、円谷自身は誇張的な演出を重視しているという旨の発言をしています。周囲の理解と本人の意図のあいだには矛盾があるわけですね。また、円谷は映画制作の効率化を主張していましたが、実際の制作では巨大なミニチュアセットを使った非経済的な撮影をすることも稀ではありませんでした。こうした言動の不一致をどう解釈するかも大きな問題です。

さらにいえば、戦後に特技監督という称号こそ得るものの、円谷は映画監督ではありません。しかし、特撮にあまり興味のない人のなかには、『ゴジラ』の監督を円谷と思っている人も少なくないでしょう。監督ではないにもかかわらず、円谷は映画の「作者」とみなされているわけです(なお、円谷は戦前から戦中にいくつかの作品を監督していますが、このことはあまり知られておらず、『ゴジラ』等の「作者」とみなされていることとは無関係だと考えられます)。このような状況は、いつ、いったいなぜ成立したのでしょうか。これもまた、円谷をめぐる大きな謎といえます。

こうした謎を解き明かすことで、円谷が「特撮の神様」に登り詰めるまでの過程を描き出し、この「卓越化(distinction)」の背後にある社会的なメカニズムを解明すること。本書では、この課題に中心的に取り組みました。そして、この分析を進める視座となっているのが、フランスの社会学者ピエール・ブルデューによって提示された「場の理論」です。場の理論に依拠することで、円谷の作品制作や記事執筆に通底する傾向性を読み取りながら、同時に、円谷の置かれていた各時期の状況がどう影響したのかを体系的に論じることができるようになりました。

それに加えて、本書では特撮を見る経験の魅力についても論じています。もちろん、特撮を見る経験の魅力は様々あると思いますが、本書で注目したのは、特撮の魅力は完全に「リアル」に見えることではない、という指摘です。これはいったいどういう意味なのでしょうか。実は、こうした指摘を丁寧にみていくと、そこにはスクリーンに映し出された映像を信じることと疑うことのあいだを何度も行ったり来たりするような感覚が読み取れます。この感覚を言語化するとともに、この感覚の成立と円谷の取り組みの関連を明らかにすることが、本書のもう一つの課題でした。

もっとも、この二つ目の課題については、本書で十分に答えられたわけではありません。というのも、この課題に答えるためには、その前提となる映像の「リアル」さとは何か、という大きな問題にも取り組む必要があると考えられるからです。また、近年では『シン・ゴジラ』(2016)に『シン・ウルトラマン』(2022)と、円谷の代名詞ともいえる作品が立て続けにリブートされ大きな反響を呼びましたが、これら現代の特撮作品は円谷英二から何を引き継ぎ、そしてどう更新しているのかという点も、さらなる議論が必要だと感じています。

私が特撮を研究しようと決めたのは、総合人間学部の3回生のころでした。当時は『シン・ゴジラ』の公開前で、特撮が話題になる機会も今よりずっと少なく、「卒論のテーマは特撮です」というと、「どうやったら学問になるんですか?」と返されることもしばしばでした。また、研究成果を論文というかたちにまとめることは想像以上に難しく、人間・環境学研究科在学中にはずいぶんと四苦八苦したのも事実です。それでも、指導教員の吉田純先生はじめ多くの方に支えられて、2021年に博士論文を提出することができました。

本書はその博士論文を大幅に加筆修正したものです。その意味で、本書は私が京大で取り組んできた研究の集大成でもあるのですが、同時に、研究者としては、本書がスタートラインでもあります。今後は本書で解決できなかった課題に取り組みながら、日本の特撮ひいては映像研究の発展に少しでも貢献できるよう、研究に邁進していきたいと思っています。

中京大学現代社会学部 講師
真鍋 公希