研究院長挨拶

「人と社会の未来研究院」は、京都大学の人文社会科学のハブ的プラットフォーム組織(全学機構組織)として令和4年度に設置されました。「こころの未来研究センター」でのこころと社会に関する研究活動、さらには「人社未来形発信ユニット」における人文科学の視点の社会発信機能を融合させ、令和4年4月の設立当初より国内外における積極的な社会連携・発信活動を推進してきました。

令和5年度からは新体制として、「学内での学際連携による総合知の創出」、「産業界や行政などの社会連携から創発する新たな研究の推進」、「人文社会科学の知見の学術的発信機能の拡充・強化」の3つの方針を掲げています。人と社会の未来研究院は、良い研究の「場」やそこで生まれてくる「シーズ」を育てることによる研究力の底上げと、人文社会科学知財の国際的な活用・プレゼンスの向上に取り組み、将来的には人文社会科学の国際的な拠点となることを目指しています。

文理融合や社会連携の必要性は、近年の日本の学術における課題として繰り返し述べられてきました。結果として自然科学の研究活動に人文社会科学系の研究者が参画することなどは進んできました。これは重要な一歩だったとは思いますが、それだけでは真の融合研究としての深化・発展は難しいのではないかと思います。技術課題が先行する中、効率や最適化などを追及した結果として、共生やこころ豊かな暮らしという課題に対する解決の糸口が未だ十分には明確ではない状況です。このような時代だからこそ、人や社会が求めること、生きる価値や暮らしの質を問うことが大切です。

人と社会の未来研究院では、学術研究のプラットフォームを形成し、対話と研究を生み出す場づくりを行っていきたいと思います。「未来の社会はどうなっているのだろう」「より良い未来に向けて大切にしたい価値とはどういうことなのだろう」という「問い」に対して、人や社会に対する深い洞察、あるいはフィールドやデータから得られた具体的な知見、歴史や過去の事例の分析などから、人文社会科学は多くの「解の種」を提供することができます。人文社会科学に投げかけられる「問い」そのものは実はとても重要かつ難度の高いものであり、手持ちのデータや技術だけでは乗り越えられないような価値観あるいは倫理の問題も含んでいます。だからこそ、それに対する反応は「解」そのものではなく、「解の種」であり、その種をたくさんの知見、対話、協働の中で育てていくことが大切なのではないでしょうか。

したがって、人と社会の未来研究院は、大学の組織の中に閉じたものではなく、産業界を含めた、常に多様な人、多様な考え方が「オープンに出入りできる」ような開放的な場所を目指します。未来社会のビジョン形成に向けて、研究や発想の立ち上げ段階から、京都大学内外の人たちと議論できる場を形成したいと思います。また、国際展開により様々な文化的背景を持つ地域の研究者たちとの対話や協働の成果を世界に発信する基地とすることにより、京都大学や日本国内の人文社会科学のプレゼンス向上という、重要なミッションを実現します。

今私たちが対峙している社会課題は、地球のエネルギー資源や人口問題、格差や分断、孤立、生態系の喪失など、簡単には出口が見つからないことが多くあります。こうした課題に、それぞれの分野の強みや得意技からアプローチしていくことも重要であると同時に、分野を超えた総合的な理解の形成も必要になります。ただ総合するといってもそれは簡単なことではありません。分野の異なる人が集まれば、同じように聞こえる概念も実は全く違ったものであることはしばしばです。だからこそ、総合を目指すためにはファシリテーターが必要です。ここでいうファシリテーターには、課題解決への困難とその乗り越え方についての経験知や、新しいアイディアで突破できるような推進力と見識をもっていること、かつ、多くの人々からの信頼も必要となることでしょう。その意味で、人と社会の未来の研究院という看板のもとに、学問分野の総合や融合を担うファシリテーターとして仕事をすることには、大きな責任が伴っていることを実感しています。

地球社会の未来、自然との共生、人のつながりやコミュニティのあり方、心の安寧など、広義の「ウェルビーイング」について真剣に考える必要に迫られています。日本の知を担ってきた京都大学あるいは大学の外からも、多くの力を引き出し、協働し、発信を行っていきたいと思います。活動へのご支援をどうぞよろしくお願いします。

京都大学人と社会の未来研究院長
内田 由紀子

メンバー

人と社会の未来研究院では、京都大学の人文・社会科学に関わるさまざまな分野の研究者やURAが連携し、人文・社会科学の発展に資する多様な活動を展開しています。