鶴来 航介『木材がつなぐ弥生社会 木工技術論の再構築』

鶴来 航介『木材がつなぐ弥生社会 木工技術論の再構築』

著者:鶴来 航介
福岡市役所埋蔵文化財課

2022年京都大学大学院文学研究科博士号取得

出版社:京都大学学術出版会
発行年月日:2023年2月5日

https://www.kyoto-up.or.jp/9784814004584.html

書籍紹介

人類がまだ文字をもたなかった時代、先史時代を区分する基準のひとつに「石器時代」「青銅器時代」「鉄器時代」という区分法がある。博物館の展示方法として19世紀のデンマークで考案されたものだが、人類の技術水準や生活様式、社会構造の変化を見事に捉えており、現在でもヨーロッパを中心にこの枠組みに則った研究が進められている。日本考古学における時代区分は必ずしもこの限りではないが、金属器の導入が社会に大きく影響したという理解はひろく共有されている。

「石から鉄へ」という視点はたしかに重要に違いないのであるが、あらためて考えてみると、多彩な生業活動のなかで「利器の材質」というごく狭い領域が歴史理論の根幹をなすのだ。年代論における利便性は理解できるとしても、経済論でも利器の寡占状態にある。木材、植物繊維、動物骨などものづくりの素材は多様であり、それぞれに利用技術と獲得をめぐる独自の体系が確立されていた。このように多様な道具を使用した先史社会において、利器のあり方が当時を代表するとは即断できないだろう。

こうした現状の背景には、遺跡から出土する遺物の大半が土器や石器、金属器など、腐朽を免れたものに限られるという学問上の制約が大きく影響している。いくら有機質製品の意義を強調しても、実際に遺物として出土しなければ議論のしようがないのが考古学の宿命である。そのような状況にあって、木製品は比較的資料が多く、年代や技術をめぐる議論が進んでいる。とくに木製農具や容器に関する議論は社会システムの解明にも寄与してきた。それでも経済論を展開するにはいまだ穴が大きく解像度が低い。

そこで目を付けたのが、膨大な出土量を誇る石器と鉄器である。実は石器や鉄器には木工用の道具が多く、とくに弥生時代に出現した鉄器の大半は木工具だ。石製・鉄製木工具は大きさも形態も多様であり、用途に応じて使い分けられたことが窺える。それぞれの用途を突き止めれば、各集落でおこなわれた木材加工の内容を知ることができ、さらに集落間で比較することで地域的な生産構造にまで議論が広がる。これまで石器は石器研究、鉄器は鉄器研究の領域という縦割り意識が立ちはだかってきたが、木材利用という横軸を通して、木器研究をふくむ各領域の成果を有機的に結合することに成功した。

さて、こうした技術的研究を重ねて弥生時代の木材利用を再検討すると、通説とは異なる弥生社会像が浮かび上がってきた。弥生時代は日本列島で本格的に水稲農耕がはじまった時代であり、人びとは森林に囲まれた丘陵地から、農耕に適した低地へと進出した。すなわち農耕と引き換えに森林資源を手放すことになるが、農耕社会の木材消費は狩猟採集社会をはるかに上回っており、木材の調達は不可欠といえる。従来は、森林にアクセスしやすい集落が木製品生産を担い、低地集落に供給するという分業生産体制が想定されてきた。これは製作途中の木製品の分布から推定された理解であったが、上述の分析手法を用いると立地による生産能力の差異はみられなかった。その代わりに、同分析を通じて森林資源に近い丘陵上の集落のほうが多量の伐採具を消費することが見えてきた。低地集落の様態と比較すると、丘陵地の伐採量は自己消費量を上回ると考えられ、立地上不利な集落に木材資源を供給していたと考えられる。弥生集落では2mほどの板材が出土することがあり、現場で伐採から製材まで進めたのち水運を介して搬出したのだろう。

石材の流通は、原産地を基点として個人や集団の交換行為を繰り返す互酬連鎖が想定されている。一方で大型の木材は、原産地から消費地までの直接的な輸送が想定される。丘陵地から低地へ木材が供給されるとすれば、大規模な平野部では河川等を通じた面的な集団交流が生じたはずである。これまでの地域社会形成の経済的側面には、主に石器の互酬連鎖と金属器の差配が考えられてきたわけだが、木材流通の原理はそれらと明確に異なるのだ。さらに言えば、各種資源は魚介類や食肉、繊維素材など品目ごとに固有の分布を前提としており、それぞれに独自の調達圏や流通構造が存在したはずだ。その全容を考古学的に解明できるわけではないが、そうした多様な経済活動を念頭に置いた集団関係論の構築が今後は課題になる。また自然科学分析をふくめた総合的な遺跡研究、民族学や人類学など隣接諸分野との学際的研究も進めていくことが求められる。

ちなみに花粉分析等の成果によれば、弥生時代の低地開発は植生環境の改変を促したようだ。本研究でも、平野部縁辺の木材資源が枯渇したことで調達圏が拡大され、広域流通が成立したことが明らかになり、その一部が古代の杣につながる可能性も否定できない。こうした構図は、鉱物資源やエネルギー資源を求めて各国が未開発地域へ進出し、生産拠点を築いて世界的な流通システムを構築する近現代と本質的に肖似するようにも思える。おそらく先史社会にも資源をめぐる協調や対立、拡大と分断といった現代にも通じる要素があったはずだ。方法論上の制約があるからこそ、想像をかき立てられる部分でもある。資源という縦軸で歴史事象を捉えなおしてみると、新たな歴史像も見えてくるのではないだろうか。

福岡市役所埋蔵文化財課
鶴来 航介