大貫 守『アメリカの科学教育カリキュラムの変遷―科学的探究から科学的実践への展開』

大貫 守『アメリカの科学教育カリキュラムの変遷
―科学的探究から科学的実践への展開』

著者:大貫 守
愛知県立大学教育福祉学部教育発達学科准教授
2020年教育学研究科博士後期課程修了

出版社:日本標準
発行年月日:2023年3月28日

https://nipponhyojun.bookstores.jp/stuffs/wIKy7Cs4OF

書籍紹介

本書は、博士学位請求論文「アメリカ合衆国における科学教育カリキュラムに関する研究―科学的探究科から科学的実践への展開に着目して」(2020年1月、京都大学に提出。2020年3月、博士(教育学)の学位取得)を再構成の上、加筆・修正したものである。出版に際して、表題も「アメリカにおける科学教育カリキュラム論の変遷―科学的探究から科学的実践への展開―」に改めている。具体的には、アメリカにおける科学的探究を中核とした科学教育のカリキュラムと指導の理論と実践に関する研究の一端を整理したものである。

アメリカでは、戦前から探究を軸とした科学教育が行われ、日本の理科教育にも少なからず影響を与えてきた。特に、科学者の研究を分析し、観察や実験、考察など個々の細分化された方法を指導し、統合するプロセス・アプローチは現在の日本の教室にも根強く残っている。

 しかし、日本に流布しているプロセス・アプローチが、必ずしも現在の科学的探究の指導の最適解というわけではない。例えば、プロセス・アプローチでは観察や推論などといった個々のスキルが授業で教えられる一方で、それらを現実の文脈で使用することができないなどといった形で批判がなされてきた。そこで、アメリカでは1960年代以降に、このプロセス・アプローチに代わる科学的探究の指導の方法やカリキュラム編成の在り方が模索されてきた。

本研究は、アメリカにおける科学的探究を中核としたカリキュラムの変遷過程について、上述のプロセス・アプローチに代わる1950年代以降の特徴的な理論や実践に焦点を合わせ、検討している。特に、近年のアメリカの科学教育で科学的探究という言葉に代わる概念として注目されている「科学的実践(scientific practice)」という概念に着目し、その主たる提唱者の理論や実践を研究対象に据え、文献をもとに調査をしてきた。

 本研究では、対象を捉える上で、科学的探究の指導の理論や実践の背景にある科学観、指導方法とその背後にある学習論、そしてカリキュラムという3つの視点から分析を加えている。例えば、本研究の出発点にあるプロセス・アプローチは、帰納主義的な科学観を前提とし、実験を通して正確なデータを収集し、そこから帰納的な推論を通して理論を生成するプロセスとして科学を位置づけていた。このような科学観の下で、プロセス・アプローチではデータを収集するためのスキルを身につけることが目標として設定され、スキルを軸とした系統的なカリキュラムが組織されていた。そして、具体的な授業においても、個々のスキルを種々の教材を通して訓練することで、要素還元主義的に探究力を身につけることが目指されていた。

 これに対して、科学的実践論では、上記の3つの視点で、プロセス・アプローチとは異なる立場に立っている。まず科学観について、科学的実践論では、科学における学問共同体との関係が顧みられている。そのため、実験や観察で得られたデータを用いて帰納的に推論すること以上に、信頼のおける知識の生成に向けて、人・モノとの証拠を媒介とした自然や狭義の社会との交渉過程における適応と抵抗の過程を経るような慣習的な営みとして科学が捉えられてきた。

このような科学的実践の営みは、学問共同体で共有されている概念や認識に関する文化に影響を受け、それらが発揮されることで成立する。そのため、カリキュラムにおいても、科学的概念や科学者が用いる個々の手続きに加えて、科学者の見方をもたらす領域横断的な概念や探究に規範をもたらす科学の本質が構成要素として挙げられ、それら全ての系統を視野に入れた形で組織されている。更に、これらの要素を目標に位置づける際には、全ての要素を組み合わせて、「〈知識〉×〈手続き〉×〈見方〉」という形で、パフォーマンス型で教育目標を叙述している。そこでは、これらの3要素が同時に作用することで科学的探究が行われるという考えを具体化している。

最後に、3点目として、1点目に述べた科学的実践の考え方を子どもたちの探究の過程に反映し、2点目に述べたパフォーマンス型の目標を達成できるように指導が構想されている。具体的には、子どもの生活上の問題の解決に向け、プロジェクト型に長期的な形で単元が組織されている。このプロジェクトは、子どもたちが意味を見出し、概念の形成を促すような問いを中心に組織され、その問いとの関連で全体の活動が組織されている。その問題を解決する実践の過程に参加する中で、子どもたちは実際に科学者のように科学を実践し、科学者の慣習的な思考法を文脈のなかで手に入れる。加えて、子どもたちが身につけた概念などを現実世界に適用するなかで目標を達成するとともに、科学の意義と限界、社会との関係を理解することが望まれている。

特に、探究の過程は次の3つの空間を往還するものとして組織される。まず、現実世界で問いを見出し、調査を行い、データを収集する空間(調査空間:世界Ⅰ)、次に自らの生活経験や理論に即して仮説やモデル等を見出す個人的で観念的な空間(説明の創出空間:世界Ⅱ)、そしてデータと理論を照らし合わせながら説明やモデルの質を吟味し、論証や批評、省察を行う空間(評価空間:世界Ⅲ)の3つの空間を適宜、往還しながら科学的探究は進行していく。このひとまとまりの探究の過程に個々の手続きや知識が位置づけられることで、獲得した知識や手続きの質を高め、現実の場面で使用できるようになることが企図されている。このように科学的実践では、プロセス・アプローチと異なり、個々の知識や手続きを発揮し、自然だけでなく狭義の社会との適応や抵抗の過程を経ながら探究が進行するホリスティックで共同体的な営みとして科学が描かれ、その文化的実践に参加するものとして指導が構想されている。

この理論に沿って、アメリカの科学教育の文脈において、実際にどのようなカリキュラムや指導が組まれているのかという点については、本書をご講読いただければ幸いである。

愛知県立大学教育福祉学部教育発達学科准教授
大貫 守