谷口 良生『議会共和政の政治空間――フランス第三共和政前期における議員・議会・有権者たち』

『議会共和政の政治空間
――フランス第三共和政前期における議員・議会・有権者たち』

著者:谷口 良生
明治大学文学部専任講師
2020年京都大学文学研究科博士後期課程修了

出版社:京都大学学術出版会
発行年月日:2023年3月20日

https://www.kyoto-up.or.jp/9784814004614.html

書籍紹介

この現代において「一般的」な政治のかたちといえば、有権者が議員を選び、国民の代表たる彼らが議会内外で物事を決定する代議制(議会制民主主義)が自然と思いうかぶだろう。われわれの親しむこうした議会政治の直接の祖である近代議会政治が誕生・形成されていった画期のひとつにフランス革命があげられることは、世界史を学んだことのある方であればよくご存じのことと思われる。

しかし、奇妙にも、近現代フランス史では、議会の歴史に注力する議会史という領域はさほど自明なものではなかった。専門的な学会も21世紀に入ってはじめて設立されたほどである。従来、近現代フランス史は、議会そのものよりも議会「外」の民衆運動や社会運動に大きな関心を寄せてきたことなどがその理由にあげられる。ところが、すでにこうした理由にもあらわれているように、近現代フランス史をどのように語るかという問題は、その歴史のなかで議会をどのように理解すべきかという問いと不可分であると思われる。本書は、こうした関心を背景に、近現代フランス史においてもっとも議会主義的な特徴を強くもつ第三共和政(議会共和政とも称される)期の議会政治に焦点をあてる。

さて、ここでいう「議会政治」とはいかなる空間で展開されるものだろうか。一般に議会政治といえば、国会の周囲で展開される政治が想像されよう。この文章の冒頭で最大公約数的な代議制(議会制民主主義)の定義を示したが、それを読んで「国会以外の議会が捨象されている」などと感じた方はおそらくおられないと思う。事実、歴史学でも「議会史」といえば「国会の歴史」である。フランス史も例にもれず、従来の議会史的研究はいずれもその焦点を国会に定めてきたし、議会史研究の膨大な蓄積をもつイギリス史でも事情は同じだそうである。しかし、われわれの周囲を眺めてみても、議員たちが活動するのは国会だけではない。第三共和政期フランスも同じで、国会(下院と上院)のほかに地方議会(県議会・郡議会・市町村議会)が存在した。しかも、国会議員の多くは地方議会出身で、さらには国会と地方議会の議席を兼任していたのである。こう考えると、はたして「議会政治」の空間というものは、従来の想定のように国会の周囲にかぎられると考えてよいのだろうか。そのような限定された空間のみをあつかって「議会史」としてよいのだろうか。本書はこうした疑問から出発して、国会のみならず地方議会をも含むかたちで「議会政治の空間」をとらえ、それを舞台とする新しい「議会史」(「複数の議会からなる歴史」)を描く試みである。表題の「議会共和政の政治空間」とは、まさしくこの広大な「議会政治の空間」にほかならない。

本書は、この「議会政治の空間」がいかなるもので、そこでは誰が何をしていたのかを、議員(国会議員と地方議会議員/両者は先述のとおり人的に重なりうる)、議会(国会と地方議会)、有権者という三つの視角から明らかにするものである。第1部「議会共和政と議員たちの世界」では、議員たちがどうやって議員になるのか、彼らはどのようにして複数の議会をまたにかけて活動していたのか、といった問いに焦点をあてながら、彼らの実践からその世界を描いている。そこから明らかになるのは、彼らの世界が従来の「議会史」=「国会の歴史」ではとらえきれないほどの広がりをもち、そのなかでさまざまな政治的実践が行われていたことである。こうした広がりをもつ空間が「議会政治の空間」なのである。第2部「議会共和政と地方議会」は、従来の議会史からは漏れ落ちてきた地方議会をどのように議会史研究に位置づけるかをテーマとする。「地方議会」という名称からは、当然に地方議会が議会史の対象になると思われるだろうが、これは日本語の妙といったところであり、当時は「地方議会」は「行政機関」であって国会のような「政治的議会」ではないとみなされていた。従来の議会史において地方議会が看過されてきたゆえんである。しかし、当時の地方議会に焦点をあてれば、国会にも参加している兼任議員たちを中心に、徐々に地方議会が政治的闘争の場となり、地方議会議員たちも自分たちが「政治的議会」であるという認識を獲得していったことがわかる(地方議会の「政治化」)。こうして第三共和政期の地方議会は議会政治の欠かせない一主体となり、「議会政治の空間」に位置づけられていくのである。さて、こうした議会政治を支えるのはいったい誰だろうか。いうまでもなく議員たちを選出する有権者たちである。第3部「議会共和政と有権者たち」は、彼らもまた「議会政治の空間」の重要な主体であったことを明らかにする。第三共和政期の有権者たちが政治参加する回路として、本書ではとくに選挙と党派活動に焦点をあてている。その分析からは、いかに有権者たちが強く議会政治に関与していたか、そして「議会政治の空間」が彼ら有権者たちと議員たち、政治組織などと結ばれる社会的・文化的な紐帯に支えられていたかが明るみに出される。

昨今、議会制民主主義の機能不全といったことがささやかれることも多い。こうした状況において、今一度、そもそも「議会」とは何か、それは歴史的にどのように形成されてきたのか、このような問いに思いをはせながら各人が市民として思考することはきわめて重要に思われる。本書が少しでもその役に立てるのであれば、著者として望外の喜びである。

明治大学文学部専任講師
谷口 良生