流動の末にたどりついた 文化比較から見る幸福論(内田由紀子教授)
2025.08.11

得意な手法を活かし、日本人の心に迫る
文化心理学において、日本社会は「流動性が低い」と言われますが、私自身は幼少期から複数回の転居の経験がありました。関西で生まれ、小学校の時に一度兵庫県内で転校を経験しました。そして中高一貫の女子校に通っていた中学2年生の終わりには、父親の転勤で広島県に行くことになります。幸運にも広島の中高一貫の女子校から編入試験の機会をいただいて、転校しました。当時14歳の私にとって、関西とは異なる環境での生活は、異文化体験のようでした。思春期の女子ですから、最初のうちはすでに出来上がった人間関係に入っていくのには、それなりの苦労もありましたが、バレーボール部で高3まで活動し、楽しく過ごしました。大学は関西に戻りたいと考え、無事に第1希望の京都大学への進学が叶いました。大学院を出てからはアメリカにも2年間留学しましたが、学生時代と教員生活を通して、トータルでは京都での生活が一番長くなっています。
京都大学に入ってからは、学問領域と学部の移動をしました。得意の古典文学を専攻したいと考えて文学部に入学したのですが、入学後すぐに、自分は古典文学を研究するには不向きだと気づきました。私は読み手として古典文学を楽しんでおり、登場人物の「心の動き」に関心をもっているのだと気づいたのです。そのため、様々なテクニックで木簡などに書かれた文章を読む授業にも関心が持てなかった。このとき、ひとつの挫折を味わったように思います。
しかし、「何かを深く追求したい」という思いは持ち続け、せっかく京都にいるのだからと、美術館や博物館・図書館にも通う中で、遠藤周作氏の『深い河』と出会い、強く影響を受けました。そこから、「生きるとは何か」「宗教意識とは何か」といった普遍的な問いに関心を持ち、河合隼雄先生のユング心理学に触れる機会を得ました。特に古典文学について心理学で解き明かす『昔話と日本人の心』を読んだ際には、これが私のやりたかったことかもしれない、と、感動で体が震えるほどでした。私は、古典文学と心理学を融合させた何かができないかと思いました。
そこから心理学に専攻を変更することを決意しました。文学部にも心理学研究室がありましたが、当時の研究は動物実験が中心でした。そこで河合隼雄先生がおられた(当時はすでに退官されていましたが)教育学部の臨床心理学科を勧められ、厳しい転学部試験を経て、3回生から教育学部への転部が叶いました。転学部試験の経験は、心理学を幅広く学ぶ貴重な機会となりました。面接を担当してくださったのは、河合隼雄先生の御長男で、後に「こころの未来研究センター」で同僚としてご一緒することになる、河合俊雄先生だったのもご縁を感じます。
河合隼雄先生が日本で広められたユング心理学の探求には臨床心理学の手法が必要とされていましたが、私は残念ながら臨床家としての実践には不向きで、どちらかというと統計などを使う実証的なアプローチを得意としていました。せっかく転学部までしたのにどうするべきなのかと、再び壁にぶつかってしまいました。そこで、学部を横断して心理学の多様な授業を履修し、見分を広げてみようと思いました。そうした中で当時総合人間学部におられ、のちに生涯の師となる北山忍先生と出会います。北山先生の講義は、実験や調査での統計的な文化比較を通して人々の心と文化の関係を探るものでした。私が漠然と感じていた、古典文学に描かれている千年前の日本人の心と現代の心の共通性や差異を解明したいという思いを、日米という異なる文化の比較によって実現できるのではないかと思い、目の前が開けるような感覚を覚えました。私は北山先生に師事したいとお願いし、3回生の後期から北山先生の研究室に出入りするようになりました。卒論の実質的な指導もいただき、その後北山研の大学院(人間・環境学研究科)へと進学しました。京都大学内で、実に3つの学部を移動するという、珍しい経験となりました。
日米比較から見えてくる幸福感の違い
大学院では、北山先生のもと、「思いやり」などの対人関係や、自己と感情について研究しました。ある日、アメリカの教科書で「幸福感には自尊心が極めて重要である」という記述に目が留まりました。しかし、日本では謙遜を重んじる文化があり、自尊心は虚勢を張っているように見えることもあります。この点で、両国の幸福感の根本的な違いは大きいのではと思いました。幸せを求める気持ちは世界共通ですが、その「成り立ち」は異なる。修士課程2回生の時にこのテーマの研究を始めました。当時はまだ「ウェルビーイング」や「幸福感」の研究は一般的ではありませんでした。それでも、「日米の幸せの違い」を示すことは意義があると感じ、研究を進めるうちに、両国の幸福感の違いが明らかになっていきました。
博士課程1回生の2000年には、アメリカのスタンフォード大学で、文化心理学の第1人者であるヘーゼル・マーカス先生の指導を受けることが叶いました。そこで私は、開催中だったシドニーオリンピックの日米報道比較プロジェクトに参加しました。AIやデジタルツールのない時代でしたので、膨大な番組録画を文字起こしして分析する作業は大変でしたが、選手のインタビューを何度も再生して聞いているうちにたくさんのアイディアが頭に浮かぶという、非常に貴重な経験をしました。金メダリストの言葉は幸福の絶頂を表現していますが、日米でその語られ方には大きな違いがありました。アメリカの選手やメディアは、個人の才能や努力、ライバルとの切磋琢磨を経てヒーローになるストーリーを強調します。一方、日本の報道では、弱さからの克服や、怪我、挫折を乗り越えて「みんなのおかげで」金メダリストになれたという、周囲への感謝が強く表れていたのが印象的でした。幸せの瞬間は共通していても、そこに至る個人の物語には大きな違いがあるのです。この経験から、私は文化と心の繋がり、特にウェルビーイングや幸福感の研究にさらに深く取り組むようになりました。
フィールドワークとデータ集積、両輪で幸福を追求
博士号を取得した後アメリカにわたって、ミシガン大学とスタンフォード大学でポスドクとして研究をしました。帰国後、私立大学での教鞭を経て、2008年に京都大学で現在の「人と社会の未来研究院」の前身である「こころの未来研究センター」が設立されたのをきっかけに、京都大学に移籍しました。センターは、大学内に閉じこもらず、多様な人々と共同研究を進めて、こころの総合的理解を得ることを目指していました。私が最初に着手したのは、「農業普及指導員」の調査です。農業地域で農家同士を繋ぐという、彼らの目に見えにくい活動を、どうすれば可視化できるかという課題を寄せられ、興味を持ちました。しばしば日本文化は「農耕文化」に起因すると説明されますが、それは本当なのかを検証したいと考え、調査がその解明の糸口になるかもしれないと思ったのです。全国の農地を巡り、農家の方々へのヒアリングや、大規模なアンケート調査を実施しました。この調査で、農業における人と人との繋がりの重要性、特に地域における信頼関係構築がいかに大切かを実証しました。そして、信頼は内部だけに閉じるものではなく、外部の普及指導員がその媒介役を担う仕組みがうまく機能することを明らかにしました。成果を出版したのをきっかけに、漁業でも同じ研究をやってみませんかとお声がけをいただき、水産普及指導員との共同研究も実現しました。こうして、農業と漁業の比較研究ができるようになったのです。フィールドワークでの丁寧な聞き取り調査と、統計データを組み合わせて、両産業の違いが明確になりました。
農業では、「一緒に何かをする」という共同作業が非常に重要です。用水路の管理や近隣農地への水分配などは、皆で協力しなければ成り立ちません。祭りや寄り合いといった多くの行事も、協力し、信頼関係を築くためのものと考えられます。特に興味深かったのは、農地では農業者以外の住民も共に農地の行事に参加し、地域全体で農地を守る意識があることです。共同作業を通して、「相互協調性」が伝播しているプロセスがデータでも示されました。一方、大海原に出る漁業は、個人の力が試され、自己を強く信じる必要があります。腕の良い漁師とそうでない漁師の差が明確に出るため、技能を持つ「すごい人」が尊敬される文化もありました。人間関係が比較的フラットであることを目指す農村と、漁村社会の違いは非常に興味深いものでした。これらの比較研究を通して得られた発見を評価の高い国際誌に掲載することもできました。地域単位での比較文化研究を通して、次第に日本の企業文化にも興味を持つようになり、企業調査にも着手しました。日本企業における働く人のウェルビーイングや幸福感も、やはり文化や風土と切り離せない問題だと強く感じて、調査を継続しています。
振り返ってみると私のこれまでの研究は、日本でよりよく生きるとは何か、という問いが出発点になっているように思います。私の幼少期からの様々な移動経験で、地域にある社会・文化的特徴を客観的な視点から見る機会があったことが、日本人特有の心への興味に繋がったのかもしれません。どうすればより寛容で開かれたコミュニティを築き、ウェルビーイングな社会を実現できるのか、それが現在の関心事です。
日本の社会はこれまで、農村的な相互協調性を企業にも適用してきた側面があり、良くも悪くもそれが基盤となっています。それは時に有効に機能する一方で、「煩雑さ」も生み出します。私はこの煩雑さを最小限に抑えながら、日本社会が培ってきたコミュニティの良さを、「人と社会の未来研究院」において、世界に向けて発信していきたいと考えています。その一環として、「自尊心型」とは異なる「協調的幸福感」を提案してきました。「人並みの幸せ」「平穏無事に暮らす」といった、日本独自の幸福感についての価値観です。海外の学術誌でも大きな反響があり、「日本の穏やかな幸福感は、現代社会において再評価されるべきではないか」といった問い合わせを、欧米諸国やアジアからも多くいただきます。これは、世界の国々が、従来の競争や個人の利益追求に偏りがちな幸福に限界を感じていることの表れだと認識しています。また、第4期の教育振興基本計画にも「日本社会に根差したウェルビーイングの向上」という文言が入り、教育現場のウェルビーイングについても研究や実践が行われるようになりました。私は、コミュニティの中で育まれる穏やかな幸福、そしてそれを実現するための社会的な仕組みについて、科学的根拠となるデータに基づき、国内外に提案していくことを志しています。
流動性が低いとされる日本社会で、安心できるネットワークを育み、ささやかな幸福感を得ることは非常に重要です。しかし一方で、新しい動きや人に対して警戒心も生まれます。今後の社会的な状況変化により日本社会では流動性も高くなるでしょう。既存のコミュニティで満たされる幸福感と、多様な動きをする人々の学び合いで生まれるイノベーション。この両方をバランス良く掴み取っていくことが、今後日本が、個人や国、企業で取り組むべき課題だと考えています。
(取材・文 圓城新子, 撮影 大久保啓二)