若手出版助成事業

髙城 建人『黎明期韓国の民主政治への試み‐大統領制と議院内閣制の攻防』

2025.08.15

著書:『黎明期韓国の民主政治への試み‐大統領制と議院内閣制の攻防』
著者:髙城 建人(神戸女子大学文学部国際教養学科 助教)
出版社:明石書店
発行年月日:2025年3月21日

書籍紹介

 本著は、韓国の初代政権である李承晩政権期の韓国政治に関する著書である。具体的には、➀当時の政治指導者たちは、民主主義に対してどのような考えを持っていたのか、21950 年
代の韓国政治が後の韓国の民主主義の定着に及ぼした影響(成果と課題)は何か、以上 2 点の研究目的をもとに、李承晩政権期の実態を明らかにしている。
 李承晩政権期の韓国は、自らが国是として掲げた民主政治の実現に向け様々な試行錯誤を行った時期であった。これまで韓国では、李承晩政権を「反民主主義的な独裁政権」だとい
う認識が通説であった。そして、その認識のもとで同政権を否定的に評価する研究が多かった。他方で従来の先行研究では、➀李承晩政権下で競争的野党が参加する定期的に選挙が行
われたのはなぜか、2憲法を改正されるにつれて国民の政治参加の機会が広がったのはなぜか、31960 年代の反政府デモの時に国民の意思を尊重して潔く辞任したのはなぜか、以上3
点を説明できないという問題点が存在していた。
 韓国の初代大統領・李承晩は、果たして独裁者であったのか。その素顔や政権運営については、これまであまり注視されることはなかった。本著では、李承晩政権と野党政治家らの
「民主主義」を巡る思想・制度的対立を 1 次資料の緻密な読解を通じて、韓国の民主政治に迫っている。
 以上の問題意識に基づき、本著では、第一部から第四部に分けて論理を展開している。
 第一部では、李承晩政権期主要人物の民主主義思想について扱っている。具体的には、第1 章から第 2 章にかけて韓国初代大統領であった李承晩と当時の野党政治家であった趙炳玉
との民主主義思想を紹介し、両者の比較を行った。そして、まず政治制度観を比較し、李承晩は大統領制を趙炳玉が議院内閣制を選好してことを明らかにした。そして政治制度をめぐ
る両者の違いの背景には、民意認識(直接的でかつ一枚岩の民意かそれとも間接的で多様な民意か)、政党認識があったことをも明らかにした。他方で、強い反共主義を持っていた点
で、両者は共通していたことをも明らかにした。
 第二部では、李承晩政権初期(1948‐1952)韓国政治の展開について扱っている。第3章から第4章では、李承晩政権と野党の憲法改正の試み及び民主主義をめぐる両者の対立につ
いて取り扱った。当時李承晩政権は、大統領直接選挙への憲法改正を試みていた。その反面当時の野党は、議院内閣制への憲法改正を試みていた。第3章と第4章では、政治制度をめ
ぐる当時両者の争点(➀代表の捉え方、2行政府の長の委任と責任の根拠)を整理し、分析を行った。そして第 5 章では、1952 年 5 月から 7 月にかけての釜山政治波動という出来事に着
目し、李承晩の勝利へと帰結する過程を分析した。
 第三部では、李承晩政権中期(1952‐1956)韓国政治の展開について扱っている。第6章では、1954 年の国会における憲法改正議論について扱った。初代大統領に限っての任期制限
の撤廃と国民投票制の導入が同憲法改正の主な内容であった。国会での議論の際に、➀民意の捉え方(国民投票を通じての国民の直接意思の表示か、それとも代表同士の話し合いか)、
2三権分立の捉え方(権力の分割を重視すべきかそれとも権力の抑制と均衡を重視すべきか)、3法の捉え方(当時の緊急性を鑑みて当事者に限っての例外規定を認めるべきかそれとも法
の原則を徹底すべきか)、以上 3 点をめぐって与野党間で対立していたことを明らかにした。そして、第7章では、1954 年の憲法改正後に起こった野党間の統合の試みと失敗について扱
った。そして当時野党勢力間の統合が失敗した原因として、➀保守野党政治家の革新野党政治家に 対する根強い不信、2反共主義一 辺倒の当時韓国が陥っていた時代状況、以上 2 点
があったと結論づけた。
 第四部では、李承晩政権後期(1956‐1960)韓国政治の展開について扱っている。第 8 章では、1958 年当時李承晩政権の野党と言論弾圧とそれに対する野党の対応について、議会政
治と政党政治の観点から批判的に概観した。そして第 9 章では、1960 年 3 月副大統領選挙における不正選挙の実施から 4 月末の李承晩の辞任までの出来事を概観した。具体的には、政
権初期から朝鮮戦争期までの国内反乱と 4 月の反政府デモの際の李承晩が取っていた対応の違いについて、李承晩の民意認識に着目しながら検証を行った。
 そして、終章では李承晩政権の成果と課題について概観した。李承晩政権は、以前の時代と比べて国民の政治参加機会の拡大という成果を残した反面、従前と同様人々の自由を制限
するという限界を残し、同限界は 1988 年民主化以後の韓国の課題として残り続けたと結論付けた。