高村 伸吾『商人たちのオルタナティブ:紛争後のコンゴ東部で紡がれる新たな流通ネットワーク』
2025.08.09
著者:高村 伸吾(立命館大学衣笠総合研究機構 専門研究員)
出版社:松香堂書店
発行年月日:2025年3月31日

書籍紹介
本書は、アフリカ大陸の中央部に位置するコンゴ民主共和国を舞台に、長期化する内戦によって荒廃した社会の中で、人びとが自らの手で流通ネットワークを立ち上げ、展開していく姿を描いた民族誌です。先行研究では十分に取り上げられてこなかった紛争後のコンゴにおける商人たちの取り組みに焦点をあて、戦争による混乱の中で逆説的に発揮された人びとの創造力と草の根から始まる社会再建の可能性に迫っています。
1998年に勃発した第二次コンゴ戦争は、周辺諸国を巻き込む「アフリカ大戦」へと発展し、540万を超える人命が失われました。紛争により道路や橋などの交通インフラも破壊され、トラック輸送に頼っていた都市と農村を結ぶ物流は、深刻な機能不全に陥りました。たとえ丹精込めて育てた農作物があっても、それを買い取る商人が来なければ現金収入にはつながりません。物流が途絶えたことで、農村部の人びとは子どもたちの学費や医療費を賄えず、塩や衣服といった生活必需品すら手に入れられない極めて厳しい状況へと追いやられました。
日本であれば、大きな災害が起こったとしてすぐに国が支援に乗り出し、インフラも速やかに復旧されるでしょう。ところが、国家そのものが崩壊したコンゴでは、公的な支援を期待することはできません。実際、戦争終結から20年以上が経過した現在も、多くの地域で破壊された道路や橋が手付かずのまま放置されています。私たちには想像も及ばないような極限状態において人々は、どのように暮らしを再建しているのでしょうか。本書では、その問いに対するヒントを見出すため、現地の人々の実践に注目しました。
貧困、飢餓、武力衝突、性的暴力など日本のメディアを通じて私たちが接するコンゴのイメージは、どうしても暗く重たいものに偏りがちです。しかし、筆者がフィールドで出会ったのは、そうしたステレオタイプとはかけ離れた、驚くほどたくましく生きる人々の姿でした。「国に頼れないなら、自分たちが動くしかない」。そう考えた村人たちは、それまで縁遠かった商業の世界へと果敢に飛び込み、森の奥深くへと分け入り、新たな道を切り拓きます。丸木舟で大河を渡り、時に何百キロも歩いて都市へと商品を運ぶ。こうした血が滲むような努力を通じて「森の道」や「河の道」という独自の流通経路が築かれ、それらはやがて国境を越えて隣国とつながる大規模な流通ネットワークへと発展していきました。
商人たちと寝食をともにし、オートバイや丸木舟を乗り継いで100近くの市場を巡っていく間にも、フィールドの日常は大きく変化していきました。驚くべきことに紛争によって孤立していた村々が商人の移動を通じて相互に結びつき、遠隔地からもたらされる知識や技術から「草の根のイノベーション」とも呼ぶべき変革が生じたのです。
調査を開始した当初、もっぱら人力に頼っていた河川流通は、水上モーターなどの機械動力へと転換され、さらには、大型の木造船が建造されるなど経済活動の生命線である水上流通手段は、より大規模で安定的なものへと変化していきました。その結果、今日では主要市場と都市を結ぶ定期航路も整備されつつあります。このような地域社会の変容は、「国家なき状況では秩序も成り立たないのではないか」という筆者が抱いていた先入観を揺さぶるものでした。
人々が直面する困難を自らの力で乗り越え、時に様々な人々と連携しながら新たに社会を作り変えようとする営みにこそ、未来への可能性があるのではないか。紛争後の極めて困難な日常を生き抜く彼らの実践は、当然のように国家や制度に依存している社会のあり方を、改めて問い直す契機ともなりえます。国家の不在という極限状況が、むしろ別の形の公共性や秩序を立ち上げる可能性を持っている。そのことは、私たち自身の社会における未来の選択肢を考える上でも重要な示唆を含んでいます。
本書で綴られる人々の取り組みは、遠く離れたアフリカの地で起きている出来事のように思えるかもしれません。しかし、人びとが力を合わせて課題を乗り越える姿は、現代を生きる私たちにとってもオルタナティブな社会のあり方を構想するヒントになるはずです。社会が不安定になるなかで、それでも前を向いて生きること。秩序が壊れたからこそ生まれる新たな可能性を見つめ直すこと、そうしたコンゴの人々の知恵が、一片でも伝われば、これに勝る喜びはありません。