呉 桐『「モダンガール」の歴史社会学――国際都市上海の女性誌『玲瓏』を中心に』
2024.10.13
著者:呉 桐(中国人民大学外国語学部 講師)
出版社:晃洋書房
発行年月日:2024年3月29日
書籍紹介
本書は、1920−30年代の上海における「モダンガール」を取り上げるものである。特に当時の代表的なモダン女性誌『玲瓏』のなかの女性表象に焦点を当てることで、トランスナショナルな女らしさの構築メカニズムを探究することを試みた。
「モダンガール(Modern Girl)」、現在死語に近いこの言葉が、実は1920–30年代の流行語で、世界中の大都会で文化連鎖的に現れていたファッショナブルな女性を示す言葉だった。
中国の場合、「モダンガール」を意味する「摩登女」「摩登女子」「摩登姑娘」「摩登女郎」などの訳語や、それらに名指される女性主体ないし大衆的なモダン風俗が社会現象化したのは、1920年代末からであり、そして1937年の日中全面戦争勃発により一段落した。「モダンガール」といえば、「外国趣味」を嗜み、「性の解放主義」を実践する女性、という代名詞のように思われていた。
その中心地はいうまでもなく、フランス租界や、英米が中心の公共租界を抱え、居住民の国籍が最多で58ヵ国に達するなど、異国情緒豊かな地、そして文化と流行の先端の地として知られていた国際都市上海だった。
1920年代末に国民党南京政権の樹立により、女子教育が飛躍的な発展を遂げ、女性識字層の規模が拡大した。新興の女学生読者層は「女性向け」メディアへの需要を生み出し、その需要に応えて『玲瓏』が誕生した。同誌は、男性読者の排除、購読行為のジェンダー化、そして性差別的な刷り込みを識別する批判力の涵養といった戦略を行うことで、「女性向け」という形式性を確立した。その取り組みにより、誌面には女性読者による内面世界の開示や、物事に対する自らの思いを語る投稿が多く掲載されていた。
そのなかから従来の研究で論じられてきた男性中心に構築されるモダンガールの形成論理とはまったく異なるものが見出せる。『玲瓏』では、創刊から廃刊まで一貫して女性の外見・ 性的魅力に対する肯定的かつ自己保護的な視線が見られる。こうした女性の性的魅力へのこだわりは、体制側の母性主義の称揚と関連しつつ、五四新文化運動以降の女性性の回復の文脈において、「母性」とは異なる経路を辿るものだったといえる。
こうした「母性」に対するオルタナティブな可能性は、モダンガールに関するビジュアルイメージからも見て取れる。表紙には若き女子を保護する存在としての母親も、未来像にあたる母親の表象もほとんど存在せず、いわば二重の意味で「母親の不在」が表現されていた。それと関連して生殖的主体につながるはずのスポーツする女性のイメージも、国家イデオロギーからかけ離れており、日常的なレジャー文化とより親和性を持っていた。その背後には、「健康美〔健美〕」に象徴される美しさ規範への追求があり、国家の要請を利用しつつ、「産む性」としての女性身体と距離を置く戦略があった。
美しさ規範の形成は、トランスナショナルな文脈と無関係ではなく、国際環境とも連動していた。ただし、当時の中国は国家主権を維持したものの、一部の領土を数ヵ国の列強の支配下に置かれるという「半植民地」の状態にあったことを忘れてはならない。特にグローバル化が進んだ上海では、多数の列強勢力が混在していた。それは一方で国際都市上海は植民地主義と深く関わっていたことを意味するが、他方で支配勢力が多元的かつ断片的であるため、そのはざまで生きる人々の能動性をも可能にした。
例えば、「モダンガール」の代表格とされるハリウッド女優像を分析した結果、女性の性的魅力の強調による近代家族イデオロギーの相対化と、「ハリウッド」ないし「アメリカ」を「女の独立国」という虚構の文化統合体として捉える、というイメージの創造的構築が読み取れた。このような「西洋」への女性中心的な読み替えは、新生活運動をはじめ、国家による女性のセクシュアリティ管理が強化されていくなかで、現実の中国女性の閉塞感を逆照射する反体制的な表象戦略だと見ることができる。
一方、上海の植民地状況を深刻化させる最大の要因となっていた「日本」に関わるまなざしも興味深い。『玲瓏』では、「日本女性=賢妻良母」というステレオタイプが成立しており、このイメージには「反体制」と「反日本」といった2つの側面があるため、「二重抵抗」の構図が内包されている。それを「西洋」の戦略的利用と合わせて検討すると、「引き立て役」としての「日本」という位置づけが際立ち、国際政治的な表象秩序とは異なる「中国-日本-西洋」の三項関係の可能性が開かれる。
さらに、戦争直前になると、民族主義と植民地主義のどちらにも安易に与しない境界侵犯的な「モガ」としての「女性スパイ」が登場し、半植民地上海の異種混淆性を如実に反映していた。一見、亜流で逸脱的な「モダンガール」はこうして、メインストリームだった母性主義自体の曖昧さと、多層的な勢力間で生まれたジェンダーに関する豊かな可能性を示唆してくれる重要な表象だったのである。
最後に言い付け加えると、百年ほど前の女性誌のなかの「モダンガール」が示してくれるのは、決して過去の課題のみではない。産み育てることがますます重要視されるなかでの女性の生き方や、国際フェミニズムのあり方と国際環境との連動など、現代的な諸課題を理解する上でも役立つと考えられよう。本書が、女らしさの形成をめぐる多国間交渉を歴史的に考える一助になれば幸いである。