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社会的共通資本としての祭りの継承集団における関係性のありかた― 日本とスペイン・カタルーニャの量的・質的比較
2026.01.28
プロジェクト代表者:
中山 真孝(京都大学・人と社会の未来研究院・准教授)
連携研究員・共同研究員:
岩瀬 裕子(東京都立大学・人文科学研究科・博士研究員)
小西 賢吾(京都大学・人と社会の未来研究院・特定准教授)
プロジェクト紹介
1,本研究の目的
経済学者の宇沢弘文(1928-2014年)は「社会的共通資本(Social Common Capital)」を「ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような社会的装置」[宇沢 2000:ⅱ]と定義した。本研究の目的は、民俗芸能とその継承集団を「社会的共通資本」と捉え、その内外における社会関係について人類学的手法・理論と心理学的手法・理論を融合した方法で検討することである。とりわけ、予備調査で関係の持続性に資すると考えられた開放性とネットワークの型などに着目し、質問紙と参与観察をもとに明らかにする。
2,調査の対象と手法
対象とするのは、スペイン・カタルーニャ州の祭りで230年以上にわたって見られる「人間の塔(Castells)」(写真1)である。
「人間の塔」は大勢の人が密着して強固な土台を造り、その中央で人が人の肩の上を上り下りして造る民俗芸能である。2010年にユネスコの無形文化遺産に登録された「人間の塔」は、独立運動の機運が根強い「カタルーニャ」において伝統文化の一つとされている。カタルーニャには、現在、100を超える「人間の塔」の継承集団があるが、その中でも1791年を創立年とする最古参の「コリャ・ベリャ・ダルス・チケッツ・ダ・バイス(Colla Vella dels Xiquets de Valls)」(以下、ベリャ)を事例とする。ベリャは、カタルーニャ南部の内陸部に位置するバイス市(Valls)にあり(図1)、居住地域をほぼ同じにする4歳から89歳(調査時)までの老若男女が、血縁・地縁を軸とした結びつきの中、3月から11月にかけて週2~3回のリハーサルと年間約40回の祭りに参加することで「人間の塔」を継承している。ベリャでは塔造り以外にも共食や遠足など多様な活動をしており、自由な参加のもと親睦を深めている。ベリャは継承集団では唯一、共同墓地や共同住宅を保有しており、メンバーからは「もう一つの家族」とされている。
本研究は、ベリャにおいて共同研究者の岩瀬が塔造りをしながら住み込みの長期調査を実施することに加え、メンバーが共有するグループWhatsAppによるオンライン質問紙と紙の調査紙を用いて心理学的調査を実施することで、いかに塔造りとそれを継承する集団が地域の「社会的共通資本」として持続的な関係性に寄与しているのか、いないのか。いるとするならば、それはどのようにして可能になっているのかを質的・量的調査を通して考察する。質問紙調査では特に、関係流動性(Thomson et al., 2018)やウェルビーイングに着目する。関係流動性とは新しい人と知り合いになる機会が多い、付き合う相手を自由に選べるといった人間関係を作る上での機会や選択の自由度を示す概念であり、集団の開放性の指標となる。
3,おもな調査結果
まず、質問紙調査によると、121名の回答者(2025年3月2日現在)のうち81%がベリャ内に家族・親族がいる、もしくはいたと回答した。このことから、依然としてベリャでは歴史的に伝わる伝統的な「家族・親族」がつながりの中心になっている。また約45%がベリャに所属して26年以上経過しており、51年以上の参加者も回答者全体の約15%を占めている。そうした中で、92.6%の回答者(6件法のうち「非常に当てはまる」、「当てはまる」、「少し当てはまる」)が一度、グループを離れても容易に戻れると考えていたり、96.7%(同上)がベリャでは新しい人間関係を持てると認識したりしていることから、血縁関係の強固さと、関係流動性の高さが両立することを量的に証明できた。これをわたしたちは「長くゆるやかなつながり」と呼び、ベリャという集団の基盤にあることを把握できた。
また関係流動性を過去の国際比較調査(Thomson et al., 2018)と比較してもスペインを含むどの国の平均的な関係流動性よりもべリャの関係流動性が高いことが示された。実際、仕事や勉学、疲労や怪我などによってグループを離れても、家族関係をもとに自由に戻ってくるメンバーが複数いることを参与観察でも確認している。
その一方で、ベリャに完全に満足していなくても、とりあえずグループに残留する選択をするメンバーが66%(同上)いるが、98.3%(同上)の人々がベリャに対して愛着を抱いていたり、グループ内に自分と異なる意見を持つ人がいることは当然だと考えている人が98.4%(同上)いたりするなど、グループへの愛着(所属意識)や人間理解のありかた(意見が違ってあたりまえなど)について量的に示された。
また「自分だけでなく、身近なまわりの人も楽しい気持ちでいると思う(83.5%が5件法のうち「非常に当てはまる」、「当てはまる」)」や「まわりの人たちと同じくらい、それなりにうまくいっている(84.3%。同上)」といった、他者との関係性や社会的調和を重視した幸福感を指す「協調的幸福感(Interdependent Happiness; Hitokoto and Uchida, 2015)」が一様に高いことが示され、ウェルビーイングについても、同じく過去の国際比較調査(Gardiner et al., 2020)の国レベルの平均よりも高い協調的幸福をべリャの人々は示していた。つまり、このことは「人間の塔」
これまでの参与観察では、塔造り以外の時間もメンバー同士で一緒に旅行したり、日頃から祭りでどの塔を造るかや誰が塔に上るかなどを巡って言い争いが絶えなかったりしている場面を見聞きしていたが、本研究によって量的な裏付けも得ることができた。「人間の塔」には落下がつきもののため、危険と隣り合わせの実践であるが、それでも参加者たちは家族・親族・友人との「長くゆるやかなつながり」を通して、身近な人々や塔造りを通して得た関係の調和をはかることで、持続的で協調的なしあわせを得ている可能性が示唆された(写真2)。そこには、自分たちが居住する地域で継承される祭りの中に「人間の塔」があることで、人々が出会い、「ともにつくる」ことを通して時に言いたいことを言いあって距離を取りながらも、それでも「ともに生きる」ことに幸福感を抱いている人々の様子が見て取れる。
18世紀後半のカタルーニャで社会の最下層に位置していた人々の副業として始まった「人間の塔」は、現在、その経済的見返りをはるか越えたところにある。本プロジェクトは、地域固有の民俗芸能が持つ「社会的共通資本」の価値や、その維持・継承を支える親族関係と「関係流動性」の高さが、社会との協調の中で人々の幸福と重なっているダイナミクスを浮き彫りにすることができた(写真3)。
【参照文献】
Gardiner, G., Lee, D., Baranski, E., Funder, D., & International Situations Project. (2020). Happiness around the world: A combined etic-emic approach across 63 countries. PloS one, 15(12), e0242718.
Hitokoto, H., & Uchida, Y. (2015). Interdependent happiness: Theoretical importance and measurement validity. Journal of Happiness Studies, 16, 211-239.
Thomson, R., Yuki, M., Talhelm, T., Schug, J., Kito, M., Ayanian, A. H., … & Visserman, M. L. (2018). Relational mobility predicts social behaviors in 39 countries and is tied to historical farming and threat. Proceedings of the National Academy of Sciences, 115(29), 7521-7526.
宇沢弘文(2000)『社会的共通資本』岩波書店。

写真1 ベリャの「人間の塔」

図1 ベリャのあるバイス市(スペインカタルーニャ州)

写真2 昔のように馬車で祭りに行く風習を続けるベリャ

写真3 社会的共通資本としての「人間の塔」造り