連携研究プロジェクト

‘ひかり拓本’を用いた縄目文様の可視化とAIによるパターン識別

2026.01.28

プロジェクト代表者:
髙野 紗奈江(京都大学総合博物館・研究員)

連携研究員・共同研究員:
上椙 英之(独立行政法人国立文化財機構 奈良文化財研究所・研究員
杉山 淳司(京都大学大学院・農学研究科・教授

プロジェクト紹介

縄文時代の研究は、縄文の人々が遺した遺構や遺物を基にして、研究が進められてきました。中でも縄文土器は、1万3千年にわたる縄文時代の時間の尺度となり、製作技術や使用方法の研究からは、人々の交流も読み解くことができます。手づくねで製作された縄文土器は、ひとつとして同じものはなく、形や文様意匠は複雑で多岐にわたります。千差万別な縄文土器を研究者は、伝統的な実測道具を用いて図化し、土器の表面に画仙紙を貼り付けて墨をのせ、拓本をとってきました。しかし、従来の図化の方法では、用いられた粘土の質感や焼きあがった色合いはもちろん、器面の細かな装飾や縄目文様といった人間の動態を考察するための特徴を表現しつくすことはできませんでした。図化できる資料も時間的制約や紙面の都合に左右されて、重要な資料が公開されず、研究に生かされない状況も学術の発展の妨げとなっています。

本研究では、微細な凹凸を高精細な二次元画像で生成できるデジタル技術のʻひかり拓本ʼを導入することで、縄目文様の細部構造と縄の素材の痕跡を可視化しました。また、ʻひかり拓本ʼ画像を機械学習させて画像分類を試み、数百種類にもおよぶ縄目の構造を自動識別できる人工知能(AI)の作成にも取り掛かっています。

近年開発されたデジタル技術であるʻひかり拓本ʼ(Optical Rubbing)は、石造物に刻まれた文字を可読するために上椙英之氏(共同研究者)が開発した方法で(特許第6903348号、特許第6957068号)、スマートフォン用のアプリ版が公開されています。本研究では、短時間でより多くの画像作成ができるため実用化が期待されているPC版を用いて実施しました。複雑な造形をもつ縄文土器は、① 起伏の激しい凹凸、② 縄目や器面調整などの微細な凹凸の双方を有しています。光源の位置を変えることで凹凸表現を可能にするʻひかり拓本ʼは、縄文土器のこうした属性表現に適していると考えられますが、石造物とは異なり①②が同居しているため、縄文土器に適したʻひかり拓本ʼソフトに改良する必要があります。縄目の標本資料である山内清男考古資料(奈良文化財研究所所蔵)約12,000点を撮影して、細部まで鮮明なʻひかり拓本ʼ画像が作成できた場合(良い)と、細部が白くぼやけた画像になってしまった場合(悪い)の条件の違いを一つずつ洗いだし、条件を比較して、ʻひかり拓本ʼソフトの改良点を抽出しました。

細部まで詳細に写るʻひかり拓本ʼ画像はピックアップして、画像を原寸の大きさに変更します。こうしてできたデータセットを機械学習させて縄目のパターン認識をおこない、自動で縄目の構造を分類できる人工知能(AI)の製作に着手しています。杉山淳司氏(共同研究者)は樹木細胞学を専門とし、木材に刻まれた多様な情報を読み解くためのAIを独自に開発しました。2021年~2023年に実施した「人工知能(AI)による深層学習を活用した縄文原体の素材同定」(科研代表・髙野)では、AIを用いた素材識別を試みました。この時は、被写界深度合成写真を用いましたが、縄目の輪郭を捉えることに凹凸表現が適している可能性が見えてきました。CNNモデル(VGG16*深層学習モデルの一つ)による写真解析では、資料の摩耗度によって正解率は変化するものの、最もクリアに写る画像では、8~9割の正解率となりました(「縄文原体に関する知能情報学的検討」『日本文化財科学会』第41回大会)。

本研究の最終目標は、あらゆる複雑な縄目も自動でパターン識別できる人工知能を完成させることです。縄目の構造を読み解くことは、一部の専門家の特殊技能のように見られていますが、専門家・一般の区別なく、誰もが縄目を簡単に理解することができるようになれば、縄目から縄文文化・社会を解明する視点が飛躍的に広がります。オープンサイエンスの実現へと、情報をめぐる変革期を考古学研究者自らが主体的に先導して、これから研究を志す次世代が、柔軟で豊かな発想を基にグローバルな比較研究が実践できる研究環境の構築に貢献したいと考えています。