SNSカウンセリングにおける相談員の専門性

プロジェクト代表者:
杉原 保史(京都大学学生総合支援機構 学生相談部門長・教授)

連携研究員・共同研究員:
・河合 俊雄(京都大学人と社会の未来研究院 教授)
・田中 康裕(京都大学大学院教育学研究科 教授)
・内田 由紀子(京都大学人と社会の未来研究院 教授)
・畑中 千紘(京都大学人と社会の未来研究院 特定准教授)
・鈴木 優佳(京都大学人と社会の未来研究院 特定助教)
・中山 真孝(京都大学人と社会の未来研究院 特定講師)
・粉川 尚枝(京都大学人と社会の未来研究院 特定助教)

プロジェクト紹介

■ 研究の概要

自殺やいじめ、ハラスメント等、現在の日本社会におけるこころの問題は深刻さを増している。一方、昨今のコミュニケーションツールは若年層を中心にSNSへ移行しており、SNSを用いたアクセシビリティの高い相談体制を確立する必要が生じて来た。こうした要請に応え、2017年に「LINE」アプリを使ったSNSカウンセリングが初めて導入されて以降、文部科学省・厚生労働省・民間によるSNS相談事業は急増している。更にコロナ禍において、非接触型でどこからでも相談可能なSNSカウンセリングは、緊急時の心理支援システムとしても一層注目が高まっている。

しかし、現在のSNS相談事業では、公認心理師・臨床心理士等の専門家の参入が追いつかず、相談員の育成は喫緊の課題である。また、SNSカウンセリングでは、相談者の幅が広く、希死念慮等の深刻な相談も見られる一方、文字のみのコミュニケーションや、継続相談時に担当者が固定されない体制等、対面の心理相談で培われてきた既存の理論や技法がそのまま適用できない難しさが存在している。そこで本研究プロジェクトでは、特に「相談員の専門性」をテーマとして調査研究を行い、持続的に社会貢献しうるSNS相談事業の構築を目指したい。

■ 令和4年度の研究成果

令和4年度の研究では、SNS相談窓口に寄せられた約3,000件のセッションの分析から、人々のこころの健康に資する SNS カウンセリングシステムの構築と相談員の専門性の在り方を検討することを目的とした。分析対象となった相談窓口の開設時期はいわゆるコロナ禍であったため、コロナ禍特有の相談内容が寄せられていることを前提としつつも、ここでは一般的な相談員の専門性に関しての検討を行いたい。

窓口に寄せられる相談にはさまざまな内容が含まれるが、相談で扱われている話題について実証的視点から明らかにするため、まずトピックモデルを用いて認知科学的視点から分析を行った。従来の対面心理療法においては、相談員が判断した相談者の心理的課題を「主訴」として統計上処理されるケースが多いが、機械学習を導入してテキストデータ全てを分析対象とすることによって、実際にどのような話題がどの程度話されているのかについて、「主訴」に限らずに抽出することができる点がこの分析の特徴といえる。抽出されたトピックは図1のワードクラウドのような形でまとまりをもつが、本研究では実際の相談データに戻り、これらのトピックが実際にどのような意味内容として出てきているのかについて臨床心理学的にも検証を行っている。

図1 ワードクラウドの例

(1)話題が広がることの重要性

今回の分析対象がコロナ期の相談データであることから、トピック分析の結果、コロナ症状に対する不安等、コロナ禍らしいトピックが頻出上位として上がってくる結果となった。本研究ではSNS相談における専門性を検討するという目的に照らし、セッション内での「コロナ期の相談らしさ」がどのように変化していたかを上記トピック分析の結果をもとに解析した。その結果、面接の継続回数にかかわらず、セッションの冒頭から終了に向かって「コロナ期の相談らしさ」は減少していくことが明らかとなった。この結果には、相談の入口はコロナウイルスに対する不安等、コロナ関連の話題が上がりやすいが、相談員と話をしていくうちに、当初の話題からは離れていく傾向が示唆されている。実際の相談データに戻って検討してみると、新型コロナウイルス関連の話題で来談しても、そこから離れて自分自身の問題に目を向けていくケースや、次第に不安以外の中立的な話題に移行していくケースなどがみられた。我々の先行研究において、継続面接の中で相談初期の主訴から、面接を重ねる中で適度に話題が離れていくことが高評価のカウンセリングのひとつのパターンとなっていたが、セッション単位でも同様の傾向がみられたことは興味深い結果といえるだろう。この結果は、心理相談において、ひとつの悩みや問題に直接的に取り組み続けることが、必ずしもこころの変化につながるわけではないということを示唆している可能性がある。

(2)テキストの背後の不安の見立てにおける専門性

今回、機械学習による分析で「コロナ症状についての相談トピックが多く話された」と判断された事例の中にも、臨床心理学的視点から見ればコロナ症状よりもむしろ「背景にある心理的問題」が重要と判断される事例がみられた。つまり、テキスト上ではコロナ症状についての情報を求めているように見えていても、臨床心理学的にはその背景に相談者の不安の高さがあると考えられるような場合である。例えば、相談者からの「家族が濃厚接触者になったけれどもどうしたらよいだろう」という相談は、表面的には情報を求めているようでも、その背景には心理的不安がある場合もある。心理的不安とは、その人のこころが作り出す不安であるため、情報提供では解決し得ず、相談員が情報提供のみで相談を終えることによってかえって不安が高まったり、別の方向に不安が向いたりする可能性を作ってしまうことになる。相談者の問いの背景を丁寧に聞いていき、こころの揺れを受け止めていく必要があるが、現時点の相談体制ではこうしたケースでも「情報提供を求めて訪れた相談者」として扱われている可能性がみられた。これらの結果をSNS相談員の専門的な見立ての力を育てる研修や、事業全体で見立ての力を担保するような体制づくりに活用していくことが今後の課題のひとつといえるだろう。