平城京発ムラサキ旅路の軌跡と純系資源保護

プロジェクト代表者:
矢崎 一史(京都大学生存圏研究所 教授)

連携研究員・共同研究員:
・岡田 貴裕(佐賀大学・医学部 助教)
・松川 博一(九州歴史資料館 学芸調査室長)
・渡邉 啓一(九州栄養福祉大学・食物栄養学部 教授)
・市野 琢爾(京都大学・生存圏研究所 研究員)
・李 豪(京都大学・生存圏研究所 大学院生(D3))

プロジェクト紹介

染料植物であり薬用でもあるムラサキ (1) は、飛鳥時代より冠位十二階の最上位の色として、また高僧の法衣など高貴な人のみが着用を許された紫色を得る植物で、聖武天皇の勅命による「金光明最上王経」(国宝)の紫紙金字の染色にも使われた特別な天然色素原料です。色素はシコニン (2) と言います。大宰府から出土した木簡などの資料から、この時代には納税のため「調」としてムラサキを栽培させ朝廷に納めたことも分かっています。しかし、現在ムラサキは個体数が激減して絶滅危惧植物に指定されている上、外来種のセイヨウムラサキ (3) との交雑も危惧され、人気の裏で実際に交雑を疑われる苗も販売されています。これは日本純系のムラサキを保証する基準が我が国にないことが原因です。

本研究では、我が国の伝統文化を1500年支えてきた日本のムラサキを定義する、という大目標に向けた第1歩として、お茶の水大学理系女性育成啓発研究所の伊藤瑛海特任助教、京都大学生存圏研究所棟方涼介助教、同研究所矢崎一史教授らのグループにおいて、ムラサキの最先端研究を通じ、日本の歴史文化にとって重要な本植物の純系を保護し、生きた文化として後代に持続させる重要性をまとめました。現在、全国各地で「ムラサキ復活プロジェクト」が行われていますが、本論文ではそれらのコミュニティに、種子の出自を含めて日本のムラサキに対する意識を高めてもらうことを促すと同時に、伝統文化と植物科学を結ぶ「紫」の糸について解説したユニークな文理融合の研究です。

語句注釈

1)ムラサキ:ムラサキ科の多年草。根(紫根:しこん)だけで特異的に赤い色素のシコニンを生産します。この色素は根だけで作られるため、色素を得るためには植物を抜いてしまうことが、個体減少の1因にもなっています。もともと弱い植物で、発芽率も低く、成熟個体になっても根腐れ病を起こしやすく、また油虫が媒介するキュウリモザイクウイルスに弱く、感染するとその年のうちに死滅します。人の手をかけないと絶滅すると危惧されています。

2)シコニン:赤色の色素で、ムラサキを含む、数種類のムラサキ科植物だけが生産できる天然色素です。水には溶けにくい性質を持っています。椿の灰と交互に処理することで、美しい紫色の発色をします。

3)セイヨウムラサキ:ムラサキとは別の種。外見は似ていますが、花は黄色がかっていて、根のシコニン含量はごくわずかです。この植物は発芽率も良く、病害虫にも比較的強く、容易に野生化します。ムラサキと容易に交配するとされています。