日本全国を対象とした立地特性分析に基づく寺院の災害時避難所適性の定量評価

プロジェクト代表者:
山田 真史(京都大学防災研究所 水資源環境研究センター 地球水動態研究領域 助教)

連携研究員・共同研究員:
・堀 智晴(京都大学防災研究所 水資源環境研究センター 地球水動態研究領域 教授)

プロジェクト紹介

【背景・目的】

日本において、洪水など水害の真っ最中に身の安全を確保するための「指定緊急避難場所」の人口に対する最大収容人数は慢性的に不足している (1)。避難を必要とする住民に行政及び公共が十分な緊急避難場所を提供するためには新規の指定が必要だが、公共施設は概ね検討・指定済みであり、今後は公的な性格を備えた私的施設の活用可能性に関しても検討が必要であると考えられる。緊急避難場所として指定を受けていない仏教寺院が地域住民により水害時の緊急避難先として活用された事例が全国で散見され (例えば(2))、また宗教施設の公共的性格から、仏教寺院は緊急避難場所の潜在的な候補となり得ると考えられる。本研究は、日本全国スケールで寺院の水害時緊急避難場所としての適性の評価を立地・周辺人口特性の双方から行い、活用可能性及びポテンシャルの検討を行うとともに、寺院の追加指定による効果の定量的な推定を行うことを目的とする。

【研究手法】

本研究では、全国63442の寺院の住所・緯度経度データベースを名簿・地図情報等から新たに作成した。寺院の位置情報と、既往の指定緊急避難場所の位置情報のそれぞれを、国土地理院及びIwahashi et al. (2021)(3)の地形分類情報、及び2020年国勢調査の人口分布250 mメッシュ分布に重ね合わせ、立地特性の分析を実施した(図-1)。また、各人口メッシュから見た最寄りの指定緊急避難場所、及び寺院への距離を算出し、寺院が緊急避難場所として追加指定されることにより新たに徒歩避難可能となる人口を算出した。

図-1:寺院と地形分類3)の重ね合わせ

【結果】

①分布・立地特性の分析
指定緊急避難場所(洪水)は台地・段丘に選択的に立地している一方、寺院は台地・段丘に加えて自然堤防上にも選択的に立地していることが明らかとなった(図-2)。この結果から、洪水による浸水害から比較的安全な自然地形上に指定緊急避難場所(洪水)と寺院のどちらも多く立地している一方で、氾濫平野に対する比高の違いから(一般に自然堤防の方が台地・段丘に比べてより低い)、その安全性の質は異なることが予想され、寺院の指定緊急避難場所としての指定の際には個々の状況を踏まえた評価が重要であることを示唆するものである。一方、指定緊急避難場所(洪水)は氾濫平野に立地する割合が寺院と比べて大きく、指定対象となる公共施設が洪水に対するリスクの大きい領域に存在しても、何らかの事情により指定せざるを得ない場合があることも推察される。周辺に台地・段丘上の指定緊急避難場所(洪水)が存在しない地域において、自然堤防上の寺院は最も「比較的」安全な場所のひとつとなりうると考えられる。

図-2:国土地理院自然地形分類に基づく立地割合

浸水想定区域内の立地割合を見ると、全国に約7万箇所ある指定緊急避難場所(洪水)のうち12.7%が浸水想定区域(国・都道府県、計画規模)内に立地する一方、寺院で浸水想定区域内に立地する割合は20.4%となり、前述の立地特性分析の結果も踏まえた場合、仏教寺院は指定緊急避難場所(洪水)と同程度に安全とは必ずしも言えないと考えられる。しかしながら、周辺の指定緊急避難場所(洪水)の立地次第では寺院が最も「比較的」安全な場所のひとつともなり得る。

②追加指定による効果の分析
国勢調査の250 m人口メッシュから最も近い指定緊急避難場所(洪水)および寺院それぞれまでの距離に基づく人口ヒートマップを図-3に示す。図の左上領域(A)が「徒歩避難が可能な圏内(半径2 km)に指定緊急避難場所(洪水)が現在存在しない一方で、最も近い寺院は徒歩避難可能圏内に存在する」、すなわち「寺院が追加指定されることで新たに避難が可能となる」人口である。この人口は全国で約288万人であった。これは我が国の総人口の2.3%に相当する。また、別の分母として「徒歩避難が可能な圏内に指定緊急避難場所(洪水)が現在存在しない」人口は約355万人であるため、現在徒歩避難が難しい人口の約81%は寺院が新たに徒歩避難可能な指定緊急避難場所となる可能性がある。また、寺院が追加指定されることで最も近い指定緊急避難場所が寺院となり、避難時間の短縮や避難先の選択肢の増加など何らかの恩恵を受ける可能性のある人口は(A)+(B)の約4657万人、全人口の36.9%に上ることも明らかになった。なお、この分析においては各寺院の安全性を考慮していないことは考慮されたい。この人口は新たに避難が可能になる人口の理論上の最大値であり、実際は寺院の安全性が十分でないために追加指定が難しい場合も含まれると考えられ、今後の研究課題である。

図-3:各施設への最短距離による人口ヒートマップ

【結論】

本研究では、寺院の緊急避難場所としての適性について、位置情報及び分布・立地特性、周辺人口との関係から活用可能性及びポテンシャルを評価した。主要な結論は以下である。

・現在の指定緊急避難場所(洪水)は台地・段丘上に、寺院は台地・段丘・自然堤防上に選択的に立地する。台地・段丘と自然堤防は氾濫平野からの比高が異なり、安全性は質的に異なると考えられる。一方で、自然堤防は周辺の氾濫平野から見れば比較的安全な地形であり、周辺状況によっては、寺院は緊急避難場所の候補たりうる。

・寺院が追加指定されることで何らかの恩恵を受ける可能性のある人口は全国で約4657万人、総人口の36.9%である。また、寺院の追加指定により新たに徒歩避難が可能となる可能性のある人口は全国で約288万人、総人口の2.3%である。現状で徒歩避難が難しい人口は全国で約355万人であるため、避難所までの距離に基づく避難困難の約81%が寺院の追加指定により最大で解消される可能性がある。

今後は個々の寺院の安全性を踏まえ、より実際の値に近いポテンシャルの推定と、その地域差の分析を行っていきたい。

【参考文献】
Refs:
1) NHK:2割しか入れない? 深刻化する避難所不足.URL:https://www3.nhk.or.jp/news/special/saigai/select-news/20200624_01.html (2020.06.24配信/2023.02.01最終閲覧).
2) 例えば:佐々木健, 勝又英明:広域災害時における寺院の利用の実態と緊急避難場所・避難所の指定の意向.日本建築学会計画系論文集,第80巻,第716号,p.2221-2229,2015.
3) J. Iwahashi, D. Yamazaki, T. Nakano and R. Endo: Classification of topography for ground vulnerability assessment of alluvial plains and mountains of Japan using 30 m DEM. Progress in Earth and Planetary Science, Volume 8, Article 3, 2021. (DOI: 10.1186/s40645-020-00398-0)