この方に聴きました

公益財団法人 京都オムロン地域協力基金 山田義仁 理事長

2025.09.08

人と社会の未来研究院は、京都大学のみならず社会連携や社会貢献をなさる団体や企業に、広くインタビューをしています。今回の「この方に聴きました」では、公益財団法人 京都オムロン地域協力基金を訪問。オムロン株式会社の会長でもある山田義仁理事長に、2024年度より始まった『京都「志」奨学金』の発足経緯とビジョン、活動についてお話を伺いました。

(取材:熊谷誠慈、山本真也、圓城新子/ライティング・撮影:圓城新子)

圓城
まず、”京都「志」奨学金”発案の経緯、きっかけについてお聞かせください。

山田
奨学金の発足に至った背景は、2つあります。1つ目は、2年前、会長就任時に、前任の立石から、京都商工会議所の副会頭や京都工業会の副会長、さらには「京都オムロン地域協力基金」の理事長といった公職を引き継ぎました。この基金は、子ども食堂やフードバンクの支援、福祉活動に尽力されている方の表彰などの活動を行っています。そして、この活動を通して、「若者への投資」が圧倒的に不足していると強く感じるようになったことです。
2つ目は、私自身の原体験にあります。実は、私も学生時代に奨学金を受けていました。父が病気で亡くなり、母子家庭で苦労したのですが、高校、大学と奨学金のおかげで進学することができました。しかし奨学金は貸与型だったので、数百万円の返済が長く続き、30代前半まで返済にとても苦労しました。
だからこそ、若者への投資、特に「志ある若者への応援」が社会に必要だと実感し、この奨学金は「給付型で返済義務なし」にこだわりました。そこで、基金のメンバーと相談し、「返済義務なし、志で選ぶ給付型奨学金」を立ち上げることを決めました。

圓城
なるほど、そのような背景があったのですね。「志」だけで選ぶというのは、この奨学金の大きな特徴ですね。

山田
メンバーと議論を重ねていく中で、次第に方針が定まっていきました。例えばオムロンは理系の会社ですから、工学部に進む学生支援に絞るという意見や、あるいは、貧困家庭に限定する、他の奨学金が受けられない人に限定するなど、いろいろな意見がありました。しかし、私は進路や条件など制約を設けず、できるだけ間口を広くし、「見返りを求めない投資」として、若者を応援することをコンセプトにしました。
次に考えたのが選考基準です。どんな大人になりたいのか、何を学びたいのか、どんなことで社会に貢献したいのか。それぞれの熱い「志」を基準にしよう、と皆で決めました。ただ、貧困の連鎖が社会課題であることも感じていましたので、学校長推薦制度には家庭の事情も考慮する欄を設けています。基本は「志」ですが、必要な配慮は残しています。

圓城
「志」に絞ることで、実際、文理を問わず多様な奨学生がいらっしゃると思いますが、どんな方々が印象に残っていますか。

山田
本当に幅広いです。文系・理系問わず奨学生がいますし、さらにスポーツや音楽の道を志す人もいます。今年はスポーツドクターを目指す人、薬学を志す方もいました。昨年は、ウエイトリフティングでオリンピック出場を目指す人、産業廃棄物となっている酒粕を活用したスイーツ作りを始めた学生もいました。その方は酒造メーカと提携して、オリジナルのスイーツをお店で提供しています。また、外交官を志す学生もいます。ロシア人と日本人の両親のもとに生まれ、ウクライナ侵攻を機に「国と国とをつなぐ外交官になりたい」と語られました。本当にさまざまな「志」に出会えることがこの活動の喜びですね。

圓城
間口が広く、可能性に満ちた若者が集まっている印象です。

山田
その通りです。志があれば、分野や進路は問いません。だから、本当に多様な学生が集まってきます。

熊谷
先ほどお話の中に、酒粕スイーツなど「京都らしさ」も感じました。奨学金の運営で、京都という地域性や地元への思いは意識されていますか?

山田
”京都「志」奨学金”と名がついており、現状、京都府の高校を卒業した生徒が対象ですが、とくに「京都らしさ」は意識していません。今年からは、京都在住であれば、他府県の学校に通っている学生も応募可能としました。今はまだ毎年20人と小さな規模ですが、いずれは全国、世界の志ある多くの若者に投資したいと考えています。志のある若者は、どこにいても社会の宝です。他の企業さんが同じ仕組みを始めてくれれば、ぜひ全面的にサポートしたいと思っています。だから”京都「志」奨学金”という名前も、あえてオムロン色を出さず、誰でも真似しやすいようにしています。

圓城
応募はどのくらい集まるのでしょうか。

山田
毎年、100名以上の応募があります。実は応募条件に、「各校2人まで」という制限を設けています。普通科の高校はもちろん、工業高校や高等専門学校、フリースクールなど、偏りなく志ある学生を募りたいという思いからです。まず校内で人数を絞ってもらっているので、実際にはもっと多くの希望者がいます。

熊谷
多様性を重視されているのですね。いろいろな背景の方が、志を持って集まっている。

山田
はい。「学生の可能性に対する投資」なので、高校をドロップアウトしたけれど再び大学受験を目指す方などにも門戸を開いています。順風満帆な人生を歩んでいる人だけでなく、さまざまな逆境を乗り越えてきた人にも、可能性があります。それを応援したいと考え、選考の幅は狭めていません。
私は面接にも参加していますが、学生の志を聞いて毎回驚かされます。自分が高校3年生の時を思い返すと、こんなにしっかり「自分のやりたいこと」を語れただろうかと。明確な夢がなくても、自分はどんな人間になりたい、こういうことを勉強して社会に貢献したい、という思いを持っている学生が本当に多いです。それは本当に素晴らしいことだと思います。
大谷翔平さんの影響もあるのでしょうか、最初から世界を目指すといった、大きな志を持つ若者も増えています。制限せず、どこまでも羽ばたいてほしい。頑張れば協力してくれる人もいるし、支えてくれる大人もいます。若者は「可能性の塊」なので、ぜひ大きく成長してほしいと願っています。

山本
選考論文で「志」を書いてもらう時、とくに期待されていることはありますか?

山田
高いハードルは設けません。「やりたいこと」を素直に書いてもらいたいと思っています。そして、自分の時間を成長や経験に使ってほしい。1ヶ月に5万円をアルバイトで稼ごうとすると、かなりの時間がとられます。10代・20代前半の数年間は本当に大切な時期です。たくさんのことに挑戦し、思いきり楽しんでほしいです。また、その志は変わっても構いません。高校生の時に思っていたことが、大学で変わるのも自然なことです。

圓城
「志が変わってもいい」という考えは、若者にとって大きな安心感を与えると思います。冒頭でお話しされた「見返りを求めない投資」という考え方に象徴されますが、将来を縛らず、プレッシャーをかけないあり方も、この奨学金の特徴ですね。

山田
実際、「投資してもらったけど、結果的に夢が叶わなかった」「進路が変わった」などということがあっても、全くかまいません。「あのとき奨学金があって助かった・ありがたかった」と思って頂けたらそれで十分です。また、何より学生にとって、自分の意見や夢をだれかに「肯定された」と感じてもらうことが大切だと思います。

熊谷
賛助会員制度も特徴的ですね。まるで「推し活」のような、一人ひとりの志に共鳴して応援するという面があるのではないでしょうか。

山田
まさにその通りです。この奨学金全体を応援してくださる賛助会員に加え、賛助会員の方々が学生の「志」を聞いて「特にこの人を応援したい」と応援する学生を選べる仕組みがあります。勿論、特定の会社が奨学生を囲い込んだり、学生にプレッシャーがかかることがないよう、適度な距離感も意識しています。そうした活動を通して、最初は17社だった賛助会員も、現在は45社以上となりました。京都を代表する企業に加え、他府県の企業や個人で支えてくださる方も多くいます。

熊谷
応援する側も当事者意識が持て、応援される学生も大きな自信になる。いい関係ですね。

山田
授与式の懇親会では、「自分の志を認めてくれる大人がいる」ということを奨学生が実感でき、励みになるよう、賛助会員の企業と奨学生が直接話す機会も作っています。企業にとっても、そのような関係や環境を作ることで、社会的役割を果たしている実感につながっていると思います。

圓城
山田さんご自身、オムロンという大きな企業を率いてこられた立場から、企業の社会的役割についてどのように考えていらっしゃいますか。

山田
オムロンは「企業は社会の公器である」という考えを持つ会社です。創業者の立石一真は50年以上前から、身体障がい者が働ける工場を作るなど、事業を通じて社会の発展に貢献するという理念を実践してきました。例えば別府にある「オムロン太陽株式会社」は、障がいのある方と一緒に運営する工場で、創業以来一度も赤字を出していません。京都にも同じく障がい者雇用を積極的に進めている「オムロン京都太陽株式会社」があります。事業を通じて社会に貢献することが、オムロンのDNAとも言えます。この”京都「志」奨学金”も、理念は同じです。

圓城
この奨学金から、多様な「つながり」が生まれている印象があります。

山田
そうですね。今年の春、2期生の授与式を開催した時に、1期生にも声をかけたところ、たくさん集まってくれました。そして「来年もぜひ出たい」と多くの学生が言ってくれました。ある奨学生は、「今後は自分たちが、高校生に大学生活についてプレゼンします」と言ってくれました。本当に嬉しいことです。そこでは、様々な人と交流する場があるので、同期の奨学生、先輩・後輩といった関係が生まれており、さらに賛助会員とのつながりもできます。

山本
私も大学院時代、企業から給付型奨学金をいただいたことがありましたが、書類だけのやりとりで終わってしまい、その後の交流はありませんでした。正直なところ「お金だけ」のつながりに終わってしまった印象が強いです。この奨学金を通じて、同世代だけでなく、先輩後輩や社会人ともつながれる場があることは、本当に貴重だと思います。

山田
この奨学金は、お金のやりとりだけでなく、「人と人とのつながり」を大切にしたいと思っています。若い人たちはSNSでつながっていても、企業や他大学の学生と直接交流する機会は多くありません。孤独を感じている若者も多く、私自身も「相談相手」になれたらと思っています。悩みや不安を共有し、将来的には卒業生同士、あるいは卒業生と企業や地域が支え合うような、そんなコミュニティにしていきたいです。
そしてやがて、支えられた奨学生が支える側になってくれたらと願います。そうやって人と人のつながりが、新しい輪をつくり、大きな輪になるでしょう。今後も奨学生が集まり、卒業後もつながり続けてくれたら、これはもう、大きな喜びです。

圓城
素晴らしいですね。奨学生が進学していく中で、大学に期待されていることはありますか。

山田
やはり、大学は「若者への投資の最重要機関」だと思います。10代後半から20代初めにかけては、自分がどんな人間になるのか分からず、混沌としている時期ですから、温かく受け入れて、伸ばしてほしいです。ドロップアウトする学生も多いと聞きますし、ティーンエイジャー特有の悩みもあります。学費面でも、志ある学生には学費免除や割引のような仕組みを充実させていただきたいですね。特に「孤独」に対しては、支援の場などいろいろな活動がもっとあってもいいと思います。

山本
私の研究では、高校生に動物園で実習をしてもらうことがあるのですが、高校生の自由な発想にはいつも驚かされます。豊かな「志」を重視するこの奨学金を通じて、「自由な発想」を支援していくことにつながる。そういう意義もあるのではないかと感じます。

山田
本当にそうですね。せっかく持っている自由な発想や伸びやかな感性を、もっと伸ばしてほしいです。今の時代、ロボットやAIが仕事を奪っていく中で、「人間らしさ」や「個性」、「志」を持つことがますます重要になると思います。日本の若者は、本当に立派だと思います。スポーツでも音楽でも学術でも、世界に誇れるような人財が出てきてほしいです。自分の夢を実現し、社会に貢献できる人が増えてくれれば、これほど嬉しいことはありません。

熊谷
さきほど、理事長から「支えられた奨学生が支える側に」という言葉がありました。奨学生がやがて社会人となり、今度は支える側になっていく。そんなサイクルが生まれると、本当に持続可能な仕組みになりますね。

山田
まさにそれが理想です。アメリカの有名大学も、卒業生の寄付で運営されています。将来的に、この奨学金の卒業生からオムロンの社長が出てきてくれたら、これ以上ない喜びですね。卒業生がまた後輩を支援する、企業や大学も参加する。「志」を中心に人と人がゆるやかにつながるエコシステムを、日本でも根付かせていきたい。奨学生同士が将来も交流できることを大切に育てていきたいです。

山本
そういうエコシステムが根付き広がるとき、京都で経営をされてきた山田さんは、グローバルとローカルのバランスについて、どのように思われますか。

山田
私は、「目指すはグローバル、拠点はローカル」だと考えています。オムロンも、京都に本社を置きながら世界を相手にしています。京都には特別なアイデンティティや歴史があり、それ自体が世界的なブランド力です。京都企業は、本社を東京に移さず、あえて京都に残る会社が多いです。それは、京都という土地の文化、誇り、世界的な魅力を重視しているからです。
「グローバルな視野」と「ローカルの独自性」の両立。これはこれからの企業や教育機関にとって不可欠なテーマです。

熊谷
京都大学も、「京都」という世界的なブランドをもっと活かすべきだと感じます。海外の学会でも、「京都で開催」となると、それだけで参加したくなるという声をよく聞きます。

山田
本当にその通りです。京都の持つ国際的な魅力は絶大です。京都大学もそのアドバンテージをもっと積極的に使い、「京都で学ぶ」「京都で挑戦する」ということをもっと世界に発信してほしいですね。
ローカルの良さとグローバルの視点を融合し、唯一無二の価値を生み出していく。これが京都の企業・大学に求められる役割だと思います。

圓城

本日は本当にたくさんの貴重なお話をありがとうございました。山田さんの「志」に特化した奨学金への想い、若者への無限の信頼、そして企業としての責任感に、強く心を動かされました。

山田

志ある若者が京都に、そして日本中に増えてくれることを心から願っています。今後とも、ぜひご支援をよろしくお願いいたします。