連携研究プロジェクト

民俗芸能の継承における動作分析と人的ネットワーク分析の統合に関する研究

2024.09.06

プロジェクト代表者:
相原 進(京都大学アジア・アフリカ地域研究研究科・特定研究員)

連携研究員・共同研究員:
・金子 守恵(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科・准教授)
・高久 舞(帝京大学文学部日本文化学科・専任講師)
・田邊 元(富山大学芸術文化学系・専任講師)
・中里 亮平(長野大学他・非常勤講師)

プロジェクト紹介

1. 本研究の目的

 本研究の目的は、芸能の継承に着目し、民俗芸能の継承における身体技法と人的ネットワークとの関係を明らかにすることである。そのために本研究では人類学・民俗学的手法によるフィールドワークと、踊りなどの身体技法についてモーションキャプチャを用いた記録・分析をおこなった上で、継承に関わる指導者・継承者・支援者などの人的ネットワークの分析とも関連させながら統合的に考察する。本プロジェクトではこの目的を最終的な到達点として見据えた上で、人的ネットワークとして、とくに師弟関係に着目してモーションキャプチャを用いて師弟間での動作比較をおこなう。

2. 調査概要

 本研究では、各研究分担者のフィールドである和歌山県、大阪府、東京都、秋田県、富山県などで継承されている民俗芸能を調査対象とし、各地域の祭礼などで演じられる身体技法(舞踊、演武など)の継承に着目する。本研究では、指導者と継承者による身体技法をモーションキャプチャにより記録する。継承者に関しては一定の期間ごとに記録を収録することで、習熟段階による動作の変化を分析できるようにする。その上で、地域内での指導者ごとの動作の違いや特徴を明らかにし、継承をめぐる人的ネットワークと照合することを通じて身体技法との関連を考察する。考察では、単純に身体技法がそのまま次世代に引き継がれることのみに着目するのではなく、指導者・継承者の個性および、継承の中での表現の変化にも着目することで、地域文化における創造性を明らかにすることを目指す。

3. 調査事例①-八王子の「祭囃子」

3.1 調査対象

 本プロジェクトで実施した調査事例の1つとして八王子の祭囃子での調査を示す。ここではモーションキャプチャによる分析に向けた映像の収録についても合わせて記載する。
 八王子の「祭囃子」は8月の「八王子まつり」などで演じられる。演者は山車や舞台で獅子舞、ひょっとこ、おかめ、狐などの演目を演じる(写真1)。継承者は地域住民であり、各地域の住民により構成された組織によって継承されている。各継承団体は八王子祭囃子連合会に所属している。

(写真1 八王子の祭囃子の演者。獅子舞(左上)、ひょっとこ(右上)、おかめ(左下)、狐(右下))

3.2 映像の収録

 プロジェクトメンバーの高久舞と相原進が、2024年3月4日に東京都八王子市の天神会館においてモーションキャプチャのための映像の収録を実施した。調査対象者は「八櫻会」(八王子祭囃子連合会所属)に所属する踊り手の大人4名(全員男性)、子供4名(男性3名、女性1名)と、囃子方の5名であった。同会では、大人は演者であるとともに指導役でもある。そこで師弟間の比較のために、大人と子供による獅子舞、ひょっとこ、おかめ、狐の4演目を2分程度演じたものを記録した。また、収録時には囃子方による実演奏をおこなった(記録音源は用いていない)。
 記録時には頭、肩、腕、胸、腰、ひざ、かかとなどにマーカーを貼付した(写真2)。上演の様子を正面、右斜め前、左斜め前の3方向から同時に撮影した。本報告(2024年6月)以降に、記録映像をモーションキャプチャ用のソフト「Frame-DIAS 5」(DKH社製)を使用して3次元の動作データに加工する予定である(写真3)。

(写真2 マーカーを貼付された演者とマーカーの位置)

(写真3 3方向から撮影した獅子舞)

3.3 小括

 本報告の時点では、プロジェクトメンバーの高久舞がこのフィールドでの調査を継続している。本プロジェクトに関わって、高久と相原が、身体技法の継承について関係者への聞き取りを終えている。今後、3次元の動作データを分析することを通じて師弟間の動作の差異などを明らかにし、分析をもとに、再度、関係者への聞き取りをおこなうことで分析の深化を図ることになる。
 収録および聞き取りを通じて明らかになったことは、「祭囃子」の継承の場においては基本が重視され、明示的な指導と非明示的な指導を交えた指導がおこなわれており、継承者の発達段階に応じた上達を目指しているということであった。「八櫻会」では、演技は「基本は見て覚える」ことが基本とされていた。しかし、動作によっては大人から子供に明示的に教えられる場合もあった。たとえば「ひょっとこ」の演目では、手の位置、膝の曲げ、手、腰、膝の関係を理解する必要があり、継承者である子供は、明示的な指導を受けながらこれらを実践できていた。また、身体の成長に応じた指導がおこなわれていることも特徴であった。たとえば「獅子舞」では軽量の子供用の獅子頭を使用しており、指導役によると、大人用では重さのため腕が下がってしまう問題が生じると述べていた。
 現時点での小括として、「八櫻会」における「祭囃子」の継承の特徴として、継承者の成長を見守りながら、継承者の技術の向上や気づきを待つことができる共同体において指導がおこなわれていることが挙げられる。「祭囃子」はプロではない地域住民によって支えられている民俗芸能であることが、このような継承方法を支えていると考えられる。

4. 調査事例②-大阪市のちんどん屋

4.1 調査対象

 調査事例の2つめとして、大阪市を拠点に活動するちんどん屋「ちんどん通信社」で実施した調査を示す。ちんどん屋とは、和装、ピエロなどの扮装をして、鉦や太鼓を組み合わせた「ちんどん太鼓」や管楽器などの演奏および口上などにより宣伝をおこなう街頭宣伝業であり、プロの広告代理業者ある。調査対象の「ちんどん通信社」は、1984年に座長の林幸治郎氏によって創業された。

(写真4 街頭宣伝の様子(2022419日 大阪市港区))

4.2 映像の収録

 本プロジェクトでは、研究代表者の相原が2024年2月14日と15日に大阪市中央区の谷六レンタルスタジオにおいてモーションキャプチャのための映像収録をおこなった。調査対象者は、座長の林幸治郎氏、中堅メンバー2名(男性1名、女性1名)、若手1名(女性)であった。
 ちんどん屋の特徴として、路上で歩きながら宣伝をすることが挙げられる。そのため今回の調査では、普段の歩き方、太鼓を叩きながらの歩き方、歩く方向を変える際の歩き方について、足袋あり・足袋なしの場合に分けて記録した。 

(写真5 動作収録の様子)

4.3 小括 

 本報告の時点(2024年6月)では、プロジェクトメンバーの相原進がこのフィールドでの長期調査を継続している。前節の「祭囃子」と同様、今後は3次元の動作データの分析をもとにした聞き取りを進めることになる。
 収録およびフィールドワークを通じて明らかになったことは、①現場や私塾での明示的な指導で身体技法を伝承していることと、②継承者は現場の状況や個々の判断で身体技法をアレンジしていることであった。前節の「祭囃子」は地域社会を母体としており、継承者の身体的成長に応じた指導をおこないつつ、指導者は継承者自身の気づきを待つこともできる点が特徴であった。 「ちんどん通信社」でのフィールドワークにおいても、継承者の気づきを待ったり促したりする場面に出くわすこともあった。しかしちんどん屋はクライアントからお金をもらって宣伝をおこなう仕事であり、たとえ経験が浅くても現場に出て、クライアントから請けた仕事を果す必要がある。そのため、座長の技術を継承者に伝えられるように、現場および座長が開催する私塾などにおいて、継承者に対し明示的な指導がおこなわれていた。さらに、指導者(座長)の教えを実践しようとする継承者がいる一方、座長の指導のままでは現場に対応できないと判断する者もいた。たとえばメンバーF(女性)の場合「座長のままでは元気のない女の子になってしまう」と判断し、座長の指導をそのまま実践せずに、上半身の動きを加えたアレンジを加えていた。

5. 解析と考察に向けて

 本研究は、身体技法の継承と人的ネットワークとを統合的に考察することを最終的な目的としている。本プロジェクトでは人的ネットワークを師弟間に限定しているが、今後の展開として、地域組織や支援者なども含めた調査と考察を進めていくことになる。
 本プロジェクトの実施期間後には、得られた資料をもとに、モーションキャプチャデータの分析および、それを元にした聞き取り調査をおこなうことを通じて、師弟間での動作比較をおこなう研究を進める予定である。比較の方針としては以下の3つが挙げられる。
①「見て覚える」「本人の気付きを待つ」「身体の成長を待つ」ような場合での動作の継承について、師弟間で比較する。
②あえて指導者とは異なる方法を演じている場合について、モーションキャプチャと聞き取りなどを交えながら検証する。
③無自覚に生み出される創造の可能性を、モーションキャプチャの解析から導き出した上で、聞き取りを通じて検証する。
 本研究において、とくに重要なのは③である。①と②は聞き取りで得られた資料の検証が中心になる。しかし③については、演者ごとの身体的な差異、継承者の感性、普段から身につけた動作との関係によって、指導者と異なった表現が現れる場合があり、これらは無自覚的におこなわれる可能性もある。その点において関係者が意図していない創造性が発揮される可能性があり、この点をモーションキャプチャによる分析と師弟間比較により明らかにすることを通じて、継承における地域文化の創造性に言及できる可能性がある。

(資料1)本プロジェクトによる実績(2024年6月28日までの確定分)

・2023年度
①(公開講座)相原 進「芸能の記録・分析から見えてきたこと-『一期一会』を記録することの意義と可能性」令和5年度京都大学オンライン公開講義「立ち止まって、考える」(冬期)、2024年2月11日
②(学会発表)相原 進「モーションキャプチャをもちいた芸能における師弟間の所作の比較分析」科学研究費助成事業 学術変革領域研究(A)(2020年度~2024年度)「生涯学の創出-超高齢社会における発達・加齢観の刷新」2023年度第2回領域会議、2024年3月15日
③(学会発表)相原進「大道芸の演者における環境認識に関する世代間比較 -視線測定装置を用いた分析と聞き取りを手がかりとして-」科学研究費助成事業 学術変革領域研究(A)(2020年度~2024年度)「生涯学の創出-超高齢社会における発達・加齢観の刷新」人類学班連携研究会、2024年3月17日
④(学会発表)田邊元「祭りの継承に関わる人びとと組織のあり方に関する人類学的研究―富山県の獅子舞を対象として― 」日本スポーツ人類学会第25回大会、2024年3月17日

・2024年度・実施済み
⑤(学会発表)相原進「林屋辰三郎の芸能研究における『環境』概念の再考」日本スポーツ人類学会、日本体育・健康・スポーツ学会スポーツ人類学専門領域共催「2024(令和6)年度第1回スポじんサロン」、2024年6月1日

・2024年度・今後の実施が確定している実績
⑥(学会発表)中里亮平「フィールドにおける調査者の位置づけの変容―府中・添川・角館―」日本民俗学会第932回談話会、2024年7月14日
⑦(学会発表・論文)「芸能文化研究会」でのプロジェクトメンバー4名によるグループ発表と同会学会誌への論文投稿(2024年11月・オンライン)
⑧(論文)相原進「大道芸の演者における環境認識に関する世代間比較 -視線測定装置を用いた分析と聞き取りを手がかりとして-」『シリーズ生涯を見つめる人類学第1巻 ヒトの発達と技能の習熟』ナカニシヤ出版、2025年3月刊行予定

(資料2)研究プロジェクトで実施した調査

・相原進
① 和歌山県由良町の火祭りと六斎念仏に関する調査(2023年8月11日–16日)
② 大阪市「ちんどん通信社」のメンバーを対象とした、谷六レンタルスペースでのモーションキャプチャを用いた師弟間の動作比較に向けた映像収録(2024年2月14–15日)
・高久舞・相原進
③ 八王子市の「お囃子」の保存会「八王子祭囃子連合会 八櫻会」におけるモーションキャプチャを用いた指導者・継承者の動作比較に向けた映像収録(2024年3月2–3日)
・高久舞
④ 八王子まつり調査。居囃子、山車囃子の現状確認(2023年8月5日)
⑤ 八王子祭囃子連合会「八櫻会」の稽古場見学および現状確認調査(2024年2月10日)
・中里亮平
⑥ 角館新規製造の曳山に関する調査(2023年8月15日–19日)
⑦ 唐津くんちに関する予備調査(2023年12月9日–2日)
⑧ 角館祭礼の現場に関する調査(2023年9月6日–11日)
⑨ 角館にて2023年におこなわれた祭礼に関する調査(2024年2月10日–15日)

(資料3)研究プロジェクトで実施した研究会

・富山県の獅子舞に関する研究会(発表者:田邊元、ゲストスピーカー:野澤豊一・西島千尋、富山大学、2023年8月25日)
・角館等の祭礼に関する調査報告および研究プロジェクト成果報告会に向けた研究会
(発表者:中里亮平・相原進、東京都 渋谷スペース、2024年2月4日)