人と社会の未来研究院では、2024年12月19日から12月21日にかけて、「こころと文化の謎に迫る」と題して、2024年度のこころの科学集中レクチャーを開催しました。

こころの科学集中レクチャーは国内外で活躍する一流のこころの科学の研究者が3日間にわたって集中的にレクチャーと受講生も交えたディスカッションを行うユニークなイベントです。

2024年度は、ミシガン大学の北山忍先生、名古屋大学の石井敬子先生、人と社会の未来研究院の阿部修士先生を講師陣にお迎えして、文化と心理の関係を多角的に探求しました。文化神経科学、認知科学、文化心理学の最前線に立つ研究者たちの専門分野における最新の研究成果のレクチャーとディスカッションを通じて、こころと文化の深いつながりに迫りました。また、今年度は学生・研究者だけでなく産業界からも受講生を招待して、産学連携の視点からもディスカッションが行われ、盛況でした。

【受講生より報告】

◆一日目

一日目は阿部先生による講義で、意思決定研究が脳科学と心理学をどのように結びつけるかについて、具体的な事例が紹介されました。

午前の部では、嘘と正直さのメカニズムに関する研究が紹介されました。正直さは状況要因や個人の特性によって異なり、金銭的報酬への感受性が低い人は自動的に正直さを発揮する一方、感受性が高い人は意志の力を使って正直さを維持していることが実験で明らかになりました。また、サイコパス傾向が強い人は葛藤なく嘘をつく行動を示すという結果は興味深く、社会的価値観や道徳性が意思決定プロセスに与える影響について考えさせられる内容でした。これらの研究では、報酬予測や認知的制御に関わる神経活動の個人差が重要であることが示されており、これらを個人間での連続体としてとらえることで、性善説と性悪説といった二項対立的な人間観を更新可能であるという議論が展開されました。

午後の部では、心理学研究とデータサイエンスの協働の一例として、カジノでバカラを行った人々の行動データを用いた賭け行動の分析が紹介されました。ギャンブル依存症研究は意思決定プロセス研究と密接に関連しており、ギャンブラーは賭けの回数が増えるほど多額を賭ける傾向があり、勝ちが続くと無謀な賭けに走ることが明らかになりました。討論では、ギャンブル依存症が報酬への期待に強く引きずられる問題であること、また依存症の早期発見が今後日本でも重要になる点が指摘されました。

◆二日目

二日目は石井先生による「文化的価値の継承」と「文化と遺伝子の共進化」をテーマとした講義が行われました。

午前の部では、広告や教科書のモチーフやテキスト情報等の「文化的産物」に対する好みや親から子へのフィードバックパターンを通じて、それぞれの文化で重要視される価値観が伝達されることを示した研究が紹介されました。私たちが文化の中で生きることで、優勢な価値観を意図せず習得し、それを次世代に伝える過程が論じられました。

午後の部では、不安神経症傾向や社会的疎外による痛み、また幼少期のストレス経験が後の鬱傾向に与える影響の程度を遺伝子多型の有無が調整する研究が紹介されました。さらに、対立遺伝子の中には文化圏ごとに顕著な割合を示すものがあることや、特定のある対立遺伝子をもつ人々が社会・文化環境を作り、その環境そのものが淘汰圧となってその遺伝子を選択していった可能性（＝文化と遺伝子の共進化）についても議論がありました。このように、マクロな文化的基盤からミクロな遺伝子的情報までの相互作用が、私たちの自己理解を深める可能性を示唆する講義でした。

◆三日目

三日目は北山先生による、アフリカ研究を主軸に文化心理学の新たな方向性についての講義が行われました。

午前の部では、北山先生のライフヒストリーを交えつつ、文化心理学の黎明期から文化神経科学に至る発展の歴史が語られ、アフリカ研究を契機に従来の「文化心理学1.x」のアップデートが可能であることが論じられました。アフリカ文化には相互協調的な特徴が多い一方で、近親者間でも競争意識が強いという一見矛盾する特徴があり、その背景にあるダイナミズムが議論の焦点となりました。

午後の部では、個人の成功が集団の成功に直結するアフリカ文化の特徴に関する講義と議論が展開されました。北山先生の研究に基づき、アフリカの人々が仲間の成功にも強い誇りを示す傾向や、自己促進と相互協調が融合した特性が、大型動物との共進化の歴史に起因する可能性が論じられました。最後に「アフリカ研究を通じて我々が得る学びは何か」というテーマで意見交換が行われ、活発な議論が続いた刺激的なセッションとなりました。

（ディスカッションの様子）

（集合写真）