若手出版助成事業

奥村 旅人『労働学校における生の充溢:生涯教育の空間論序説』

2025.08.16

著書:『労働学校における生の充溢:生涯教育の空間論序説』
著者:奥村 旅人(京都大学大学院教育学研究科 講師)
出版社:東信堂
発行年月日:2024年12月20日

書籍紹介

 本書の目的は、労働者の生の充溢に向けた(学校教育に限定されない)教育活動の可能性を、それが行われる空間/場所に着目しつつ検討することである。そのうえで、労働者・教育・空間という概念を関係づける理論を構築するための基盤の構築をも視野に入れたい。
 この目的のために本書が主たる対象とするのは、京都労働学校(1957-現在)とそこに通った労働者=学習者である。「労働学校」とは、①労働者を主な対象とした、②正規の学校外で開かれた、③また、職場からも独立して開かれた、④「学校型」の教育空間の総称である(社会教育・生涯学習辞典編集委員会編『社会教育・生涯学習辞典』朝倉書店、2012 年、616-617 頁)。「労働学校」は、1920 年代に労働組合や行政機関、大学などによって設立されて以降、現在まで様々な団体・機関によって創られ続けている。京都労働学校はそのなかでも、最も長期間存続し、かつ活発な活動を行ったものであり、労働者の生の充実に向けて教育空間の持ち得る意味を問おうとする本研究においては格好の題材であると言えよう。
 以上に述べた研究目的について考察するにあたって、具体的な作業課題を三つ設定する。本研究の最も中心的な作業課題は、学校外の教育空間が労働者の生を充実させる可能性を探るために、労働者のエゴ・ドキュメントやオーラルヒストリーの検討を通して、【課題①:労働学校における労働者の自己教育/他律教育の体験を再構成し、労働者の主観においてその意味がいかに捉えられ、それによって彼らの生がどのように変容したと考えられているのかを検討すること】である。
 以下の2つの作業課題は、【課題①】を検討するための基礎作業として位置づけられる。二つ目の作業課題は、労働者に向けた教育活動の現状を整理し、また本研究の主要な研究対象である労働学校の特質を明確にするために、【課題②:現在(2024 年)行われている労働者に向けた教育活動の全容を概観し、その担い手である国家行政・地方行政・民間団体の教育的意図や財政状況はどのようなものかを検討すること】である。
 三つ目の作業課題は、京都労働学校の位置づけをより明確にするために、【課題③:労働学校が知識人と労働者によってどのように創られてきたのか、その史的展開を明らかにすること】である。労働学校は大正期に初めて創られ、今日に至るまで断続的に創られている。京都労働学校がその史的展開の中でどのような位置を占め、どのような特質を持つのかを明確にしておきたい。
 以上3つの作業課題に対応して、本書は次のような構成をとっている。
序章 労働者の生と生涯教育の空間という主題
第1章 教育及び空間概念の再考―分析概念の構築に向けて―
第2章 労働者教育の全体像と現状
第3章 「労働学校」の史的展開―特に京阪地域に焦点を当てて―
第4章 京都労働学校の教育目的と教育内容―「教員」の視点から見た京都労働学校―
第5章 京都労働学校における教育/学習の多層性―「学生」の視点から見た京都労働学校―
終章 「自己の人間形成過程の占有」をめぐる考察
参考/引用文献・史資料・URL一覧
付録1 翻刻資料
付録2 インタビュー記録
 簡単に各章の内容を述べておく。まず第1章では、「教育」「空間」「場所」などに関する概念を整理し、以降の分析のための枠組みを構築する。次いで第2章では、【課題②】に取り組むために労働者に対する教育行政・教育事業の現状を検討する。第3章は【課題③】に対応している。1920 年代を嚆矢として現在まで何らかの形で創られ続けてきた「労働学校」が、誰によって、何を目的として運営されたのか、その史的展開を跡づける。第4章と第5章は【課題①】に対応する。第4章では、京都労働学校の約65 年の歴史のなかで、その教育目的と教育内容がいかに変容してきたのかを検討する。第5章では、元学習者たちへの聞き取り調査を手がかりに、労働者=学習者の視点から見たとき、京都労働学校にどのような教育活動が存在したのかを明らかにし、さらに、1970 年に京都労働学校に「入学」し、現在でも「通学」を続ける遠藤雅一氏のライフヒストリーの分析を通して、京都労働学校という空間が持った意味について考察する。最後に終章では、第1章で構築した枠組みを通して、総合的な考察を行う。
 自分で設定した課題に応えられているかどうかは甚だ心許ないが、御笑読の上御𠮟正いただけると幸いである。