若手出版助成事業

安藤 加菜子『在宅育児手当の意義とあり方 自治体による新たな現金給付とその可能性』

2024.09.27

著書:『在宅育児手当の意義とあり方 自治体による新たな現金給付とその可能性』
著者:安藤 加菜子(京都大学 人間・環境学研究科 人文学連携研究者)
出版社:ミネルヴァ書房
発行年月日:2024年3月22日

書籍紹介

突然ですが、人生を歩むさいに「公的な価値」が認められている選択肢を選ぶことは、生きやすさにつながるのではないでしょうか。ここでいう「公的な価値」とは、社会の多くの人々が「それがなされることが社会的に重要だ」と考えている、ほどの意味です。この生きやすさの理由を(私が大学院で学んだ)公共政策の観点から(ただし極めて単純に)述べれば、「公的な価値」が認められる行為には政策的な支援がなされやすく、加えて、そうした支援そのものが「その行為に価値がある」というメッセージを社会に発信してくれるからだといえるでしょう。

本書を執筆する際に念頭にあったのは、「親が子を世話すること」に公的な価値があるのか、政策的な支援は可能か、という問いです。ここでいう世話は、子どもの将来のために働いてお金を稼ぐこととは別に行われている、直接的なものです。例えば、一緒に時間を過ごすことや食事を口に運ぶこと、あやしたり、寝かしつけたり、おむつを替えたりすることです。

しかし、公的な価値がある行為として思いつきやすいのは、働くことや勉強することではないでしょうか。実際に社会保障の多くは働くことを前提として設計されており、子どもへの支援の多くも学校教育を通じて行われています。

もし、子どもを世話することに忙しく、そのために全くあるいはほとんど働くことがない親がいれば、多くの人はその親が子どもを世話することを応援するよりも、「子どもがいても働けるように社会が支援すべきだし、パートナーや身近な人々もそうなるように努めるべきだ」と考えるのではないでしょうか。政府もまた、子育ての「負担」が親に集中しないように、親が働き続けられるように、様々な政策を展開してきました。そうした取り組みが私たちの社会にとっていかに重要なのかは、今さら述べるまでもありません。そもそも未だに子育ての多くを女性が担うなか、「世話には価値がある」「世話を応援しよう」と語る声や態度には、「女性=世話する人」という考え方を強めることも懸念されます。

他方で、親が子どもを世話することへの肯定や支援をタブーとするのも難しそうです。特に乳児は少し目を離すと容易に命が危険にさらされるか弱い存在で、そうした命に向き合う点では、親が行う育児も保育の専門家が行う育児も、ともに価値があるといえるからです。新しい命をこの世に受け入れる最前線に立つことに価値を見出せないのであれば、子どもの世話に時間と心を費やすことは、どこか残念なことのように捉えられてしまうかもしれません。

ここで注目したいのが、本書がとりあげる「在宅育児手当」です。これは、(主に)親が保育所を利用しないで子どもを世話する場合になされる現金給付です。海外の事例ではだいたい1歳以降の子どもの世話を対象に支給されています。日本でも一部の自治体が支給していますが、本書がとりあげた手当は海外の事例とは異なり、主に乳児(本書では0歳と1歳)の世話を対象にしています。

本書では、日本の自治体による在宅育児手当支給事業を通じて「親が乳児を世話すること」への支援のあり方を論じました。本書は2部構成になっており、第Ⅰ部では、日本における親による乳児の世話に対する公的な支援の現状を整理しました。乳児を世話する親への支援として多くの人が思い浮かべるのは、育児休業とそれに伴う育児休業給付ではないでしょうか。しかし、それらは雇用の継続を重視したもので、育児休業給付は雇用保険に加入しなければ受け取ることはできません。この点、在宅育児手当は雇用保険に加入していない人に対しても(その人々の全てにではないにしても)支給されます。

第Ⅱ部では、日本の自治体による在宅育児手当の具体的な事例をとりあげました。自治体は地域の実情に向き合いながら子育て支援政策の最前線を担い、保育所数を増やし、待機児童を減らし続けてきました。ここでは、そうした努力を重ねてきた地域での在宅育児手当の意義や導入の経緯について論じています。また、手当を実施する際の配慮事項なども考察しており、実務を担う方々のお役に立つことがあれば幸いです。

本書を脱稿した後、雇用保険の加入条件となる週当たり労働時間を20時間から10時間に減らす方針が政府から示されました。これが実現すれば、現時点では育児休業給付の支援を受けられない親にも育児休業給付による支援が広がります。その際に在宅育児手当は育児休業給付とどう共存するのか、今後のゆくえを見守りたいです。加えて「子育ての負担」の軽減と「子どもを世話する」ことへの支援がいかに両立するのかについても、探究をしていきます。

本書は博士論文を大幅に加筆修正したものです。育児の時間を確保しながらの大学院生活でしたが、指導教員の佐野亘先生をはじめ多くの方のご指導のもと続けることができました。これまでのご縁に感謝しながら、これからも、人と政策との関係を考え続けていきたいです。