山下 徹哉『株主平等の原則の機能と判断構造の検討』
2024.12.12
著者:山下 徹哉(京都大学大学院法学研究科 教授)
出版社:商事法務
発行年月日:2024年3月30日
書籍紹介
本書は、株式会社法における基本原理の一つとされる株主平等の原則について深掘りしてみようと試みた研究書である。会社法は、株式会社をはじめとする会社の組織に関する法律である。会社の組織といっても、従業員組織は対象外で(こちらは労働法または経営学で取り扱う)、株主・経営者(取締役)・会社債権者の間の利害調整を行う。本書のテーマである株主平等の原則は、基本的には、株主間の利害調整に関する法理である。
株主平等の原則とは何か。ざっくりいえば、株主は平等だとする法原則である。団体の構成員平等の原則は、団体一般に認められる。正当な理由もないのに差別的な取扱いを受けるべきではないという発想は、ある種の素朴な正義・衡平の理念に支えられて、広く妥当する法原理であるといってよい。
もっとも、株式会社においては、単に平等といっても、そう簡単ではない。株式会社における株主の地位は、株式という割合的単位に細分化される。そのため、株主は、原則として、その有する株式の数に応じて、比例的に平等な取扱いを受けるものとされる。
例えば、株式1株に対して議決権1個を与える結果として、1株を有する株主は1個の議決権を、100株を有する株主は100個の議決権を与えられる。剰余金配当も1株当たり○×円と定めて実施されるから、100株を有する株主は、1株のみ有する株主の100倍の金額の配当金を受け取ることができる。要するに、株式とは株主の株式会社に対する出資と引換えに与えられるものであるから、出資額が多ければそれだけ多くの数の株式を得ることができ、それに応じて多くの権利を与えられることになる。
しかし、そうすると、株主優待は、問題ないのだろうか。株主優待は、個人投資家の多くが楽しみにしており、投資先を選ぶ際の一つの判断材料となるが、株主優待の交付基準は、厳密に持株比例ではない。通常は、100株以上保有する株主に割引券1冊、500株以上なら2冊、……などのように、一定の幅をもって基準が設定され、かつ増加比率も様々である。株主優待は、経済的価値のある割引券や商品券、グッズなどが株式会社から株主に交付され、株主が一定の経済的利益を会社から受け取るという点において、剰余金配当に類似する点が認められる。とはいえ、株主間の差別的取扱いが軽微であり、特に問題とするほどのものではないと説明して、通説はこれを許容してきた。
また、株式会社が株主を取り扱う場合に、株式数比例で考えるのが妥当ではない場面も存在する。例えば、株主総会に株主が出席する場合に、座席の位置はどのように決めるべきだろうか。議決権や剰余金配当とは異なり、大株主でも、1株しか保有しない零細株主でも、1人の人間であることには違いがなく、必要な座席は1席である(法人が株主になる場合のことは置いておく)。違いを設けるとすれば座席の位置であるが、大株主を最前列に、零細株主を後列に配置することに合理性はあるだろうか。単純な先着順など何らかの客観的・価値中立的な基準により定めるのが「衡平」であると考えるのが一般的である。質問時間も同様である。株主の質問が株主総会の審議に寄与する程度が、必ずしも保有株式数に比例して大きくなるわけではないとすれば、株主1人1人を1人の人間として頭数で平等に取り扱うことに合理性が認められる。
このように、一口に株主間の平等といっても、場面ごとにその適用のあり方は異なるし、その際の考慮事由も様々である。しかし、従来は、場面の違いを問わず、「衡平」か否かという観点から、平等取扱いか否かを語るのが一般的であった。
以上に加えて、株主平等の原則は、従来、株主間の利害調整において大きな意味を持つものとみなされ、強力な法的効力を有すると考えられてきた。例えば、株式会社が発行する株式の全てが同じ内容であるのが原則形態であるが(普通株式)、内容の異なる複数の種類の株式を発行することもできる。例えば、剰余金配当について優先的に支払われる優先株式と優先株式に配当を支払った残りの剰余金から配当を受ける普通株式の二種類を発行するような場合がある。このように複数の種類株式を発行する場合に、その権利内容をどこまで異なるものとすることができるか。種類株式の内容は、会社法に一定の規制が設けられているほか、会社法の明文規定上は問題なく設定可能なように見える場合でも、株主平等の原則の観点から、あまりに異なる内容とすることは許されない(株主平等の原則に違反し、違法となる)と考えられてきた。その理由も、究極的には正義・衡平の理念に求められる。
ただ、正義・衡平の理念といっても、その内実は明らかではない。個別具体的な紛争を解決する基準としては、あまりにも抽象的に過ぎる。その割には、法的効果は重大である。しかも、株主平等の原則が正義・衡平の理念に基づくものであり、同原則に反するか否かが正義・衡平の理念に照らして許されるか否かという観点から決まるのであれば、端的に正義・衡平の理念に反するか否かを問題とすればよい。株主平等の原則は、なぜ「平等」という中間概念を用いるのだろうか。
本書は、以上の問題意識に基づき、株主平等の原則が果たし得る機能をより分析的に検討し、この文脈における「正義・衡平の理念」の内実を明らかにしようと試みるとともに、その機能を果たすためには、株主平等の原則に違反するか否かの判断をどのようにして行うべきかについて、検討したものである。
……と本書の検討対象について説明しているうちに、紙幅が尽きてしまった。本稿で伝えたかったことは、本書の検討対象は、株主優待や株主総会の座席など株主の取扱いに際して至る所で問題となる法理であり、株式投資をして個別株の株主になれば、常に問題となり得る極めて身近な事柄だということである。本書の具体的な検討内容は、是非本書を直接手に取っていただきたい。目次だけでもよいのでパラパラを眺めてもらえれば、著者としては望外の喜びである。