連携研究プロジェクト

コミュニティ形成×アート×疫学研究―多義的統合モデルの創生

2024.09.05

プロジェクト代表者:
近藤 尚己(京都大学医学研究科・社会疫学分野・教授)

連携研究員・共同研究員:
・土生 裕(京都大学大学院医学研究科・社会疫学分野・特定研究員)

プロジェクト紹介

概要

公衆衛生・疫学分野における新たな共創方法の開発

プロジェクト「コミュニティ形成×アート×疫学研究―多義的統合モデルの創生」に取り組む中で「ePi Art(エピアート)」という研究/創作のアプローチを開発しました。

ePi Artは、公衆衛生・疫学研究におけるエビデンスを生成していくプロセスにアート(芸術・芸能・芸道)のパラダイムを導入し、多様な形で共創していく新たな研究と創作の方法と実践です。

集まった様々な背景を持つメンバーが持続的かつ流動的な場においてセッションを重ね、そのプロセスや場、関係性をいかに豊かにするかを試行錯誤し、共有したテーマについて、それぞれの個性や得意分野を活かしながら多元的に掘り下げていきます。

ePi Art は土生による造語で、ePi には Evidence(エビデンス)や Epidemiology(疫学)、そして大文字の P には Process(プロセス)と Public Health(パブリックヘルス)の意味に加え Play(遊び)、Poetry(詩)、Participation(参加)、Performance(パフォーマンス)、Practice(実践)などのコンセプトが含まれています。

背景

公衆衛生・疫学研究のこれまでの貢献とこれからの課題

 公衆衛生・疫学研究はこれまで人々の健康・幸福に貢献してきましたが、その一方で、コロナ禍を経て、以下のような様々な課題が考えられます。

・専門家と人々とのエビデンスに対する理解のギャップ
・公衆衛生のトップダウン施策に対する反発や不信、流言
・多様な立場の人々間の前提・文化の違いの理解不足

➡ 「誰一人取り残さない」という理念と現実とのギャップを縮めるためにも、公衆衛生分野において集団内の多様な背景をもつ人々との対話が必要です。

アート(芸能・芸道含む)の実践から学ぶ

 アートのこれまでの専門を越えていく実践から、これらの公衆衛生の課題を乗り越えていく糸口が見つけられる可能性が考えられます。
(例:各地でアーティストらが住民らと共に、アートを通しコミュニティの課題を解決する取り組みが広がってきています。)

アートと公衆衛生・疫学研究の共通

 アートは人々が実存的に豊かに生きる術、そしてその過程そのものであり、公衆衛生・疫学研究も、人々が豊かに生きる(ウェルビーイング)社会を目指しています。

アートの視点から見える公衆衛生・疫学研究の課題

 一方で、アート行為において重要な視点と比較することで、公衆衛生・疫学研究において以下の課題が見えてきます。

【アート】

① 目的とプロセスが一致していることが重要。
② 「遊び」(行為そのものが目的)という事が創造性の大きな源泉となる。
③ 外的評価より内的な価値を重視し「存在の代えがたさ、非交換性」の上に成り立つ。ゆえに、他者を活かし社会的な評価基準では弱みや不完全とみなされる事が逆に強みになる。(例:金継ぎ、一期一会)

【公衆衛生・疫学研究】

① ウェルビーイングの実現のためのエビデンスの生成プロセスがいかに豊かであるかということは問われることは少ない。
② 「直線的な目的と計画」が優先され、研究する事自体の楽しさ「遊び」が重要視されることは少ない。
③ 市場原理が働き、あなたと私は交換可能な世界と考えることができ、共創ではなく画一的評価(ランキング)の元での競争が行われやすい。

有機的な共創のあり方

 アートと科学の共創はこれまでもなされてきましたが、アートの重要な力の一つである豊かなプロセス、有機的な関係の構築という点に主眼がおかれた共創はまだこれからです。本研究プロジェクトを通して、以下のような共創が期待されます。

  • アートのエビデンスを評価するという共創から、さらに一歩踏み込んでエビデンス生成のプロセス自体をアートにするというあり方。

 また、論文という形だけでは一つの主題に対し一元的な結果の発表に終わってしまいますが、有機的な共創を通して、以下が期待されます。

  • 有機的な共創を通じて様々な分野に新たな視点をもたらす多元的なアウトプット。

目的

 本研究では、これらの課題を乗り越えていくために、アートのパラダイムを公衆衛生・疫学研究に導入し、研究と創作の有機的な新たな共創の方法と実践を提案します。

実践結果

表1.参加者募集

表2.セッション

表3. 公開研究会・展示会・創作セッション

課題と成果

参加者との振り返りを通して

【課題】

① 共同で研究仮説を形成する難しさ。
② 共同で設定したテーマについて分析するためのデータを取得する難しさ。
➡ どの分野においても重要である「ウェルビーイング」を共通テーマに設定した。


③ 立場の違いより生じる異なる視点を理解する難しさ。
④  短期間で異なる分野間で共創する難しさ。
➡ 実際に形にしていくため対話の場を長期的に醸成する必要がある。

【成果】

① 普段出会う事のない分野の人と出会い、普段知る機会がない視点を知れた。
② 創作や研究の種となることが生まれ、具体的な論文執筆や創作が始まった。
➡ 実際の体験や語られた内容については今後の論文や作品として発表する予定。

【今後】

 本研究はこれまでの公衆衛生・疫学研究を否定するものではないのと同時に、アートを無条件に礼賛するものでもありません。むしろ両者の強みを認識し、新たな方法を生む研究です。本研究を通して課題を乗り越えていく萌芽が見えました。更なる継続的な取り組みが期待されます。