連携研究プロジェクト

生態学と観相学に着目した前近代都市デザイン論の変容過程

2024.09.05

プロジェクト代表者:
早川 小百合(京都大学工学研究科・助教)

プロジェクト紹介

研究の背景

 建築・都市分野における近代主義は、近代以前に支配的であった地域性や自然への憧憬を捨象し、工業製品によって量産可能なインターナショナル・スタイルや機能主義的な無機質なビル群を生み出した。
 代表的な近代主義者でありフランスで活躍した建築家ル・コルビュジエは、「300 万人のための現代都市」(1922)を発表し、高層ビル群による幾何学的都市計画で一世を風靡した。しかしながら、青年期に記した自身初の都市論「都市の構築」(1910–1915)*1では、後の近代主義的都市計画とは大きく異なり、不整形で有機的なデザインを賞揚している。こうした前近代の地域主義から幾何学的・機能的な近代主義への転換はどのように生じたのだろうか(図1)。

研究の目的と方法

 「都市の構築」執筆前後のポエトの著作『パリの生い立ちからフィリップ=オーギュストの時代まで、パリの形成と成長』(1908)、『パリの形成と進化』(1910)、講義「都市の進化」(1920)、ならびにゲデスの著作『進化する都市』(1915)に加え、ゲデスの企画した展示が含まれていた再建都市展覧会(1916、パリ)の報告書『再建都市展覧会一般報告』(1916)も調査の対象とする。

ル・コルビュジエの都市論

 「都市の構築」の草稿において、ル・コルビュジエは「パルティparti」という言葉を用いて都市構成要素(街区、道、広場など)の型を指し、様々な事例を用いて都市形態論を展開している(図2)。その一方で都市構成要素が集まった都市全体については、「都市のシルエット」という表現で視覚的明瞭性を論じている。
 「都市のシルエット」について、ル・コルビュジエはスイスの作家ジョルジュ・ド・モントナックの記述を参照していた。ド・モントナックはphysionomie(人相、外観の意のフランス語)という言葉や、当時のフランス語圏における風景保護の議論でさかんに引用されていた19世紀イギリスの美術評論家ジョン・ラスキンによるフレーズ「風景は郷土の愛すべき顔である」といった顔にまつわる表現を用いながら、都市を人間の顔に例えて都市を論じた。
 また、ル・コルビュジエは草稿において、道を「太い動脈」に、都市を「生きた有機体」に例えている。このように、「都市の構築」では生態学的観点が部分的に見られる。

 

ポエトの都市論

 ポエトは「パリのphysionomie」という表現を用いて、王宮や聖堂といった都市建築の諸要素が組み合わさってできた、固有の性格を持つ都市の様相を論じている。さらに、都市を子供から青年へと成長し変化する(生きた)人間になぞらえて、その様相の時間変化を表現している(図3)。
 やがてポエトは複数の学問分野から都市を分析することを提言する。このときに時間変化を考慮し「生きた組織」として都市を扱っていることに注目される。

ゲデスの都市論

 ゲデスは都市の調査と診断が治療に先行する必要性を述べ、都市を人体のように扱い、根拠に基づいた都市の分析を提唱している 。
 再建都市展覧会におけるゲデスが企画した展示は、都市建設について時代ごとに分類した展示であり、「都市の病」への問題意識を提示した。

各都市論の比較と考察

 本稿で見てきたように、ゲデスもポエトも時間変化を重視して都市を考えた。ゲデスやポエトのように、ル・コルビュジエも「都市の構築」の中で古代からの都市の歴史を振り返る一方、時間を考慮した動的変化について考察しているわけではない。
 Physionomieという言葉については、都市の性格や傾向などを指して19世紀にさかんに使われたことが知られている。本稿で見てきたとおり、とくにポエトは、生物の時間変化と、ある都市に固有の性格を表現するphysionomie という言葉を用いて論を展開した。顔の比喩は、ル・コルビュジエの「都市のシルエット」の観念に関連する「風景は郷土の愛すべき顔である」という当時の風景保護における常套句にも通じる。これより、ル・コルビュジエもポエトも、都市の諸要素が構成する都市全体を顔に準えるという潮流の影響下にあった可能性がある。ル・コルビュジエはさまざまなパルティの事例を学んで草稿を執筆したが、その一方でそれらパルティの組み合わせとしての都市全体が有するアイデンティティ(=physionomie)を論じる流れも存在した。ただしル・コルビュジエは時間変化について深く考察しているわけではない。
 他方、都市を生物として捉えた論じ方はポエト、ゲデス、ル・コルビュジエに共通する。人口増加による都市空間の物理的拡大に伴い、都市全体の秩序を構想するために、有機体の生態学的機構、あるいは時間変化に伴い成長する人間という例えが有用であったと推察される。

結論

 都市の物理的拡大に伴い、都市全体を秩序付けて理解するために生態学的機構および時間変化に伴い成長する人間という比喩が当時の都市論に有用であったと捉えられる。ル・コルビュジエやポエトの理論から浮かび上がったphysionomie という概念は、近代化途上の都市論で、過度な抽象化/匿名化に陥らないその都市固有の性格を示したと言えるだろう。


*1 これはル・コルビュジエが「ル・コルビュジエ」と名乗り始める前、本名であるシャルル=エドゥアール・ジャンヌレとして活動していた時代に記された草稿であるが、本稿では年代にかかわらず統一してル・コルビュジエと表記する。