Vol. 2 大西千晶氏(日本農業株式会社代表取締役 兼 株式会社プリローダ代表取締役)後編

人と社会の未来研究院に所属する広井良典教授は、環境・まちづくり・地域再生等に関する政策研究をおこない、大学外部の様々な取り組みと連携しつつ、「持続可能な福祉社会」という構想を広く発信しています。今回の社会連携インタビュー「この方に聴きました」では亀岡市を訪問し、本研究院の「社会的共通資本と未来寄付研究部門」のセミナー(本年5月)にも登壇いただいた大西千晶氏ら日本農業株式会社の方々と、亀岡市長の桂川孝裕氏から環境と農業に関するビジョンと活動、そして京都大学や人文社会科学に期待することについてお話を伺いました。

後編は、日本農業株式会社の大西千晶氏と梶広二郎氏、さらに桂川市長も加わった座談会です。

(聞き手:広井良典教授、沼田英治特定教授/撮影:藤川二葉/構成:一色大悟)

桂川孝裕(かつらがわ・たかひろ)

亀岡市長

東京農業大学農学部(現・地域環境科学部)造園学科を卒業、亀岡市職員、亀岡市議会議員、京都府議会議員を経て、2015年第7代亀岡市長に就任。全国に先駆けてプラスチック製レジ袋提供禁止条例を制定するなど、環境先進都市を目指した取り組みを続けている。

亀岡市の「オーガニックビレッジパーク」構想

広井:桂川市長の政策のもと、亀岡市は環境保護に関して、「亀岡市プラスチック製レジ袋の提供禁止に関する条例」などを全国に先駆けて実施していると聞き及んでおります。今回のインタビュー会場(サンガスタジアム by KYOCERA)の近くでもビオトープなどを設ける計画があるそうですが、まずはその計画についてお聞かせください。

桂川:14ヘクタールの土地を、「オーガニックビレッジパーク」という名称の公園として整備しようとしています。当初はこの土地にスタジアムを建設する予定でした。ですが、その土地に隣接する川がアユモドキという、亀岡ともう一か所にしか生息しない天然記念物の魚の産卵場所だということがわかりました。

桂川孝裕氏

沼田:ちなみに、普通「~モドキ」という名前の生物は、名前についている「~」とよく似ているものですが、アユモドキは、アユとは似ていません。アユモドキはひげが生えていて、ドジョウの仲間です。

桂川:そこで、アユモドキの保全をめぐって環境保護の専門家からいろいろなアドバイスをいただき、議論を重ねました。結果としてスタジアム予定地は、アユモドキを、その餌や生息環境も含めて保護するオーガニックビレッジパークにすることになりました。あわせて、アユモドキを市の魚とし、亀岡市民の財産として守ってゆこうとしています。それに伴い、スタジアムは、アユモドキの生息する土地の近くに建設されたわけです。

オーガニックビレッジパークは、アユモドキをしっかりと保護することができればその他の生物も保護できるであろうし、それによって生物多様性が保たれた環境は人間にとっても良いものであるだろう、という発想にもとづいています。それは、食の健康という意味ももちろんありますが、それ以外にも人間の心に癒しをもたらすというねらいもあります。週末にパーク内の市民農園で土を耕し、ほかの来場者と交流することによって、現代社会における精神的な悩みを洗い落とし、リフレッシュしてもらえれば、と願っています。加えて、この場所を社会実験に使用することで、様々な技術やノウハウが全国に拡散し、みどりの食料システム戦略にも関わっていけると良いですね。現在は、このオーガニックビレッジパークが有機農業の拠点として機能するために何が必要か、各所から提案をいただいているところです。

大西:広井先生がプロジェクトを行っている社会的共通資本という考え方に、私も共感しています。現在の経団連会長である十倉雅和氏も、この考え方を経済の中に取り入れることを主張しているように、昨今の潮流になっていると思います。そこで次の段階としてそれを現実において実践する方法が課題となってくるでしょう。私は特に農業がその実現に深くかかわると考えていますので、亀岡市のオーガニックビレッジパークにおいて、農というアプローチから社会的共通資本の実現に向けた実践をすることは、重要だと思います。

梶:従来の経済では地球が5個も6個も必要だ、と言われている現在は、むしろ人の価値を軌道修正する機会だと考えています。オーガニックビレッジは、多くの人にメッセージを届けられるものですから、その起爆剤になるのではないでしょうか。京都大学の広井先生とも連携することで、社会的共通資本の考え方を広めてゆけると良いですね。

桂川:社会的共通資本という考え方は今、注目を集めています。そのアイディアを取り入れつつ、例えば皆が共有する自然であるとか、教育や医療の無償化等の実験も含めたまちづくりをしていきたいと思います。亀岡にはまだまだ農地がありますので、そのような実証実験のフィールドとして、大学とも連携していければ良いですね。

オーガニックビレッジパークを有機農業の拠点とするときに何が必要なのか、多様な価値観を持つ方々のワークショップにおいて議論して、方向性を見出していきたいと思っています。学生が参加しやすいような環境であるということも、実証実験フィールドとなるためには求められるでしょう。

広井:できることがあれば、この試みに京大もぜひ参加させていただきたいですね。たとえば舩橋真俊さんという、ソニーコンピューターサイエンスラボラトリーの研究員の方が、京都大学人と社会の未来研究院に特定教授として所属しています。彼は、協生農法といって、生態系に近いかたちでの新しい農業を研究していることで、世界的に注目されています。彼の研究は、オーガニックビレッジパークの試みとつながる面をもっているでしょう。

大西:弊社は昨年度から、「みどりの食料システム戦略」に基づく農産物の温室効果ガス削減の「見える化」の実証事業を農林水産省から受託して行っています。これもオーガニックビレッジパークと連携できる取り組みかもしれません。これは、星一つから星三つまである「消費者へのわかりやすい表示」を温室ガス削減率に応じて農産物につけ、可視化する試みであり(https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/being_sustainable/mieruka/mieruka.html)、7月にイタリアで開催された第2回国連食糧システムサミットにおいて、農水省の方とともにこのマークについても世界に発信してきました。このマークを活用することで、地域の里山における取り組みを発信できる可能性があると考えています。例えば、私たちだけでなく、周囲で有機農業を行っている地元の農家の方々にも、こういうマークをつけて流通させてゆくといったことです。さらに、船橋先生の協生農法の取り組みを現実の経済に落とし込む試みも、この中に含めてゆくこともできるでしょう。

農業を通したウェルビーイングのありかた

沼田:アユモドキを生態系保全の指標にして、それを守ってゆこうという考え方は納得できるものです。これは、農業に経済的価値だけではない価値を認めてゆく考え方にも通じているでしょう。かつての農業は食糧生産だけを目的としていました。ですが現在は、たとえば赤トンボが飛んでいる夕焼けと飛んでいない夕焼けのいずれを良しとするかという、既存の環境の価値、あるいは人間の生き方を、農業において問われる時代に至っているでしょう。であるならば、市民レベルでいかに価値を共有できるか、ということが問題になると思います。亀岡の一般市民はどのように考えているのでしょうか。

桂川:慣行農業、つまり農薬などの使用を前提とした従来の農業をしている方々のなかには、有機農業をすると雑草と害虫が増え、周囲の畑にも被害が出るのでは、ということを心配しておられる方も、たしかにおられますね。そういった方々の心配は、たいていは有機農業をほったらかし農業だと考えるイメージにもとづいていますので、その部分の誤解が解けるようなご説明をしています。たとえば、有機農業でのお米づくりでは、自然に対する知見にもとづき、水の深さを調節することで草を生やさない、といったような技術を用いています。

梶:日本農業株式会社の農場では、自然に学ぶ農業をベースにしています。たとえば裏山にある落ち葉が堆積した土を使用するさい、満月の夜に虫が土に卵を産みますので、その前の晩にシートをかけるといったような自然のリズムに応じた虫対策をしています。

桂川:あとは、一体どのようなところで生きていくことが幸せか、ということについて対話し、考えを共有していくことが大切ではないでしょうか。そもそも虫も生存している世界に我々は生きているわけですが、そこで虫が食べないような野菜を作って、人間がそれを食べていて良いのか、といったような幸せの価値を考えていくということです。

日本農業株式会社の農場を見学する広井教授(右)

沼田:そもそも私たちが、虫食いのない綺麗な野菜とか綺麗な米を欲しすぎているのでしょう。例えば私はカメムシを専門的に研究してきましたが、カメムシによって黒い点がついた米が1000粒に1粒を超えると、1等米から2等米に等級が落ちてしまいます。もちろん虫食いだらけの米ならば別ですが、1000粒に1粒虫食いがある米ならば、食べて認識できないでしょう。野菜においても、虫食いなどの課題のため、有機野菜の商品価格の維持が難しくなっていましたが、このような価値観そのものが見直されてしかるべきでしょう。

梶:日本の「おもてなし」という発想も、たとえば過剰なプラスチック包装のようなカスタマーサービスを生んでいるという点で、見直されるべきなのでしょう。

桂川:農業は便利で手間なくローコストで農産物を生産すればよい、という価値観がかつてはあったことも事実です。ですが現在は、そういう時代ではなくなりつつあるように感じています。価値が変わりつつある時代において、市民が求める価値を認識できるよう、環境を整えていくことが必要なのでしょう。そのためには様々なアプローチが必要でしょうし、現場で実際に進んでいることを、参加して経験していただくことも必要でしょう。行政には、間違ったことをしないだけではなく、本当によいものをどのように広めるかということも課題になるのです。亀岡市でプラスチックごみゼロ宣言をしてレジ袋を禁止したときも、「なぜ便利なものをなくすのだ」、「お客さんが店に来なくなる」等々の意見をいただきました。ですが、実際に施行してみるとそのようなことはなく、現在98%以上の方はマイバッグを利用しており、亀岡市民の環境意識も高まってきています。プラスチック製レジ袋禁止は亀岡市が口火を切りましたが、これが全国の先駆けになると良いですね。

広井:亀岡市は環境保全や地域再生等に関して先駆的な試みを進めてこられた自治体です。研究面に関して今後とも交流を深めていければ幸いです。

農場入口にて、大西氏、広井教授、沼田特定教授(左から)