若手出版助成事業

張 潔麗『中国高等職業教育の展開 その制度的・教育的・文化的要因から』

2024.10.22

著書:『中国高等職業教育の展開 その制度的・教育的・文化的要因から
著者:張 潔麗(京都大学大学院教育学研究科グローバル教育展開オフィス 助教
出版社:東信堂
発行年月日:2024年3月25日

書籍紹介

近年、高等教育段階の職業教育とそれを提供する機関の拡大傾向が世界諸国においてみられるようになった。例えば、日本でも関連の議論が進行してきており、そうした動向のなかで、専門職(短期)大学が新設された。2023年度では約20校の専門職(短期)大学が設置され、企業・産業界と深く関わりをもちながら、専門人材の育成を試みている。このような高度な専門的知識と技術を有する人材を育成する需要は中国でもみられ、21世紀以降、一連の改革が進んでいる。そこで、少子化傾向と産業構造の変化という日中に共通した社会的・経済的背景から、専門人材をどのように育成し、そしてどのような機関や組織がその役割を担うのかという共通の課題がある。

本書はこうした背景のもとで、中国を分析対象として取り上げて、専門人材を育成すると期待される高等職業教育の展開に関わる多様な関係主体、そしてこれらの主体が点として、線または面を形成するときに、そこにはどのような相互作用が存在し、それらはまたどのような要因を果たしているのかを論じるものである。その結果、これまで画一性という特徴が認識されてきた中国においては、高等職業教育の展開に関わる各側面に多様性も存在していることが確認できた。

例えば、制度的側面に関する部分では、地方政府の間の多様な姿勢が第2章で整理された。第2章では、前章に引き続き、職業教育の高度化傾向に着目し、学士課程段階の高等職業教育を提供する応用技術型大学をめぐる改革、そしてその改革に政府側がどのような役割を担い、どのような要因となっているのかが考察された。2014年から開始された関連改革は中央政府によって提起されたものであり、既存の四年制大学のうち、地方政府に所管されるものの一部を、高等職業教育を主として提供する応用技術型大学へと転換させる方法である。こうした中央政府による応用技術型大学への転換を通して、素養の高い専門技術を有する人材を育成するという方向性に対して、地方政府の間には多様な動きがみられた。すなわち、地方政府は各地の第二次産業の規模及びそれによる人材需要と、既存の高等教育システムの構造をもとに、応用技術型大学に対して積極的に推進する、もしくは躊躇を示すという多様な姿勢を示した。

同様に、文化的側面に関する部分でも多様な認識が確認された。第7章では高等職業教育の受け手側である学生と保護者による高等職業教育に対する認識が整理された。その結果、高等職業教育を積極的に選択している学生及び保護者と同時に、消極的な考え方もみられた。すなわち、高等職業教育をめぐる制度的施策に対して、学生側による反対行動がみられつつ、そうした姿勢及び観点は主に職業というゴールに対するものであることが明らかになった。この点から、伝統的通念よる社会的認識が高等職業教育の展開に消極的な影響を及ぼしながらも、積極的な選択も同時に存在しているという多様な認識があるといえよう。

本書では、このような議論を具体的に3つの課題に分けて進めている。まず、課題1は制度的側面に注目するものであり、政府というアクターによる制度設計にみられる高等職業教育及びそれを提供する機関の位置づけの歴史的変遷(第1章)、そして高度化傾向(第2章)を整理するものである。また、課題2は高等職業教育を提供する主体による影響を解明するものである。具体的には、高等職業教育機関と同時に、高等職業教育を提供する企業・産業界、そして双方の仲介役である業界団体も取り上げられて、各関係主体が担うと期待される責任及び役割が検討された。課題2の部分は、入学段階の入学試験制度(第3章)、在学中のカリキュラム設計(第4章)と人材育成プログラムの取り組み(第5章)、卒業段階にかかる卒業証書及び職業系証書制度(第6章)の順で構成されている。最後に、課題3は、制度的側面と教育的側面の背後にある文化的側面を、高等職業教育を受ける学生及び保護者による認識、そしてその認識の影響の方向性(第7章)を通して考察したものである。

この3つの課題への検討を通して、本書では主として、制度的側面には促進とともに抑制の機能を果たす地方政府の存在が確認されたが、全体としては高等職業教育の展開に対しては先導して促進をおこなう要因がみられて、教育的側面においては積極的と消極的な要因が同時にみられ、抑制要因としての側面がより顕著に捉えられて、文化的側面には、学生・保護者の多様な考え方がみられ、社会側の受け入れ状況は一貫して消極的であり、社会的認識が阻害要因として影響していることが考察できた。このように、本書は中国における高等職業教育の展開における促進の制度的側面、消極的な教育的側面と文化的側面には多様な関連主体による複雑なベクトルの存在を証明しているのである。

こうした観点は中国社会に対する理解の深化のみならず、高等職業教育の展開を分析するための枠組みの提示及び適用にも意義があると考えられる。本書は高等職業教育の拡大にともなう高等教育システム全体の変容に興味関心をもつ読者とともに、高等職業教育の各種政策策定者である制度的側面の関係者、提供に関わる教育的側面の関係者、受け手側である文化的側面の関係者にとっても参考になれば幸いである。