連携研究プロジェクト

街並み保全におけるリフレクティングを導入した価値共有手法の実践

2024.09.12

プロジェクト代表者:
前田 昌弘(京都大学人間・環境学研究科・准教授)

連携研究員・共同研究員:
・片岡 八重子(ココロエ一級建築士事務所・代表)
・宮本 匠(大阪大学人間科学研究科・准教授)
・谷本 天志(京都市立芸術大学・特任教授)
・天羽生 悠矢(京都大学人間・環境学研究科・修士2回生)

プロジェクト紹介

研究の目的

 本研究プロジェクトでは人それぞれが抱く街並みの価値認識のプロセスに「他者」の視点を介在させることで,街並みの保全活動において不可欠となる人びとの価値感の共有を促進する手法を提案・実践・検証した。

研究の方法

 住まいと街並みは,人びとの内面や精神性が投影された換喩(メテノミー)であり,それらを整えることは人びとの存在そして身体に影響を与えるとされる。このような経験は通常,個人の内に秘められ内的に処理されるが,本研究は人びとの関係に「他者」を積極的に介在させる手法である「リフレクティング」(*)を街並み保全の研究と実践に応用し,街並みの内的な経験を外部化・顕在化させ,そのことにより価値感の共有を試みた。
 具体的には瀬戸内海の港町・牛窓(岡山県瀬戸内市)を対象として,地域の街並み保全活動に関わりながら発表者らが行ってきた活動の成果・データを活用し,リフレクティングの手法を導入したワークショップ(A)や展示(B)を企画・実施し,参加者・来場者の発話やコメントの分析を通じて手法の効果を検証した。

*リフレクティングとは,ノルウェーの精神科医トム・アンデルセンが1980年代半ばに考案した「『会話』についての会話」の手法であり,心理療法等の分野では現在,自己認識および他者理解の手立てとして広く用いられている。

方法の実践

A. ワークショップ「牛窓読書会」

 「牛窓読書会」は,牛窓におけるまちづくりのプレイヤー12組へのインタビューを記事化してまとめた冊子『牛窓がたり』(第1〜3号)を用いた対話型ワークショップである。毎回,プレイヤー4組が「語り手」として,牛窓で活動する事業者や住民が「読み手」として参加する。語り手の「語り」について参加者と語りあうというリフレクションを通じて,牛窓の街への認識を掘り下げた【図1】。読書会は2023年2月から2024年3月にかけて計3回開催し,延べ50名が参加した。
 読書会での対話のトピックは多岐に渡ったが,特に地元の人と外の人,移住者の関係について関心が集まっていた【表1】。これには近年の移住者の増加,古来より多くの人やモノが行き交ってきた港町の歴史・文化が影響していると考えられる。対話の例からも,語りについて会話を交わすことで,例えば,「地域の“活性化”に対する地元と外部の認識のギャップ」,「おせっかいだがシャイな牛窓の人との付き合い方」といったように内容が展開し,参加者がお互いの視点や街への認識に対する理解を深めている様子が窺えた。
 また,牛窓読書会のような場があることで普段は触れることがない他者の価値観や地域の魅力・課題について考えを巡らせる機会となったという感想が寄せられた。

図1 「牛窓読書会」の流れ

表1 「牛窓読書会」における会話のトピックの例

B. 展示「うしまど✕窓散歩」

「うしまど×窓散歩」は,2022年9月から12月にかけて実施した街並み散策実験で得たデータを展示し,展示を鑑賞した地域住民や訪問者の印象や感想をフィードバックするというリフレクションを意図した展示イベントである。被験者(牛窓を初めて訪れた20代の男女16名)それぞれの歩行ルートと記録画像・発言内容をプロットした地図,実験で記録した実際の映像のほか,牛窓の日常風景への愛着を表現した写真作品,来場者間の交流を目的とした巨大白地図を併せて展示した。旧町立病院を改修したアート交流施設(牛窓テレモーク)と空き家を改修したゲストハウス兼レンタルスペース(kido)の2会場で行い,会期2日間(2023年11月18・19 日)で約50人が来場した【図2】【図3】。

図2 街並み散策実験の結果の展示の例(展示パネルの一部)

図3 展示風景(牛窓テレモーク会場)

 来場者のうち39人から回収したアンケートの回答結果を分析した【表2】。地域住民からは,多様な視点を実体験できたという回答や,住み慣れた街を俯瞰し魅力を再発見したという回答が複数みられた。他者の体験記録の鑑賞を通して新たな価値観が芽生え,街並みに対する新しい視点を獲得しつつある様子が窺えた。
 移住者からは移住当初の感覚が思い出されて懐かしいという声があり,展示行為自体への共感も得られた。また,被験者が抱いた感想を映像という生の形で見聞きする体験が新鮮だったという声や,自分が普段何に注目しながら街並みを見ているのか考える機会になったという声が寄せられ,街並み散策実験+展示という手法の可能性が示唆された。

2 来場者のコメントの例(アンケートより一部抜粋)

研究の成果

 これまで,各地の街並みを「他者」(第三者)の視点から客観的に評価する手法については多くの蓄積がなされてきた。そのことを踏まえ本研究では「他者」の視点を当事者(住民)が地域を認識するプロセスに積極的に介在させることで,当事者と他者の相互作用から生まれる価値共有の手法を探った。当初目標とした価値観の共有の有無を十分に検証するまでには至らなかったが,普段は触れることが少ない他者の価値観や街並みへの印象・評価を認識する機会をもたらしているという効果が参加者の発話・コメントから確認できた。このことから,今回実践した手法には,当事者(住民)が自身の主観的な評価を相対化し,他者と協調しながら街並み保全に主体的に関わることをエンパワーメントする効果が期待され,アクションリサーチの方法として発展性があると考えられる。今後,会話データやコメントの分析をさらに進め,検証を精緻化していく予定である。